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マネジメント

時代の転換期を先取りする(19) 欧州に先駆けた中国の大航海時代(鄭和の南海遠征)

指導者たる者かくあるべし

 明・永楽帝の海洋進出

 前回書いたように、15世紀後半から16世紀にかけて、ポルトガル、スペインを先駆けに欧州各国はアジア南岸の諸島に産する香料の魅力にひかれて、各国国王の主導で大航海時代に突入する。世界は丸くて大きいとは知りながら、それまで狭いヨーロッパ世界にこだわっていた彼らの世界地図は劇的に大きな広がりを持ち始める。

 実は、あまり知られていないが、同じ時代、というかヨーロッパのアジアへの船出に先駆けること約100年も前に、東方の大帝国、明代の中国でも、アジア南岸からアラビア半島、アフリカに至る外洋航路に大船団が乗り出している。明帝国の第三代皇帝、永楽帝が企画した「鄭和(てい・わ)の南海遠征」である。

 世界史とは面白いもので、直接の脈絡、因果関係はなくても、同じ時代に同じような動向が洋の東西で起きるものだ。時代が動く時にこそ、こうした傾向は顕著に現れる。

 朝貢貿易世界の拡大

 明は貧農から身を起こした朱元璋(しゅ・げんしょう=洪武帝)が異民族のモンゴル族が支配する元王朝を倒して14世紀後半に建国した、中華民族の国である。三代の永楽帝は、北方のモンゴル族の平定のために自ら数十万の兵を率いて遠征、苦戦していたが、同時に南方への勢力範囲拡張にも並々ならぬ好奇心、関心を持っていた。そして、1405年、上海から、大船63隻、将兵2万8000人を乗せた大艦隊を、宦官(かんがん)の鄭和(ていわ)に指揮を取らせ、送り出す。戦闘艦を含めて艦隊は200隻を超えたという。

 初回の航海は、インドシナのチャンパ、現在のインドネシアのジャワ、スマトラからマラッカ海峡を抜けて、インド西岸のカリカットに至った。大艦隊は、永楽帝の死後も1433年まで計七回派遣され、ペルシャ湾岸のイスラム世界へ、さらに東アフリカのモガディシオ(現ソマリア)にまで達した。

 明は、洪武帝の時代から、海辺の国境安定のために、海賊化する危険のある民間の交易を禁じる「海禁」政策をとっている。中国は伝統的に、世界の帝王である中国皇帝が、周辺諸国の王を承認、任命する形で、貢ぎ物を持って来させて、宝物・珍品を下賜する「朝貢(ちょうこう)」という外交関係を原則としている。研究者たちは、鄭和の艦隊派遣も朝貢国を拡大し、皇帝の権威を高めるのが目的で、欧州各国がアジアに進出した貿易拡大目的とは違うとしている。

 しかし、貿易とは、手元で生産できない珍品を互いに交換することであるから、この遠征も交易、貿易相手の模索であった側面は無視できない。

 実際に、遠征隊はホルムズ国王から、ライオン、キリンといった珍品を送られ、大量の高級陶磁器などを渡している。近代的貿易関係の萌芽でもあった。遠征に使われた大船は、「宝船(ほうせん)」と名づけられ、長さ200メートルの巨大な帆船で。大量の下賜品が積まれ、受け取った贈答品を積んで持ち帰ったまさに宝の船だった。朝貢関係を建前にした貿易勧誘使節団だったとも言える。

 世界観と地図

 その後、明は、混乱する内政の処理に追われ遠征艦隊を派遣することはなかった。中国は続く清の時代も海禁政策が続いて諸外国との貿易を拒否し、欧米列強の開国圧力の中で苦難の近代を過ごすことになる。

 今、中国は世界2位の巨大な貿易国家となり、軍事的にも3隻目の空母「上海」の実戦配備を目前にするなど、海洋進出の動きが急だ。中国政府には、その海洋進出の先駆として、永楽帝時代の鄭和の南海遠征を讃揚する動きがあるという。洋の東西を貿易路でつなぐ習近平の「一帯一路構想」とも重ねている。

 永楽帝の狙いがどこにあったかはわからない。だが、言えることは、永楽帝には、東アフリカにまで広がる近未来の世界地図が間違いなく見えていた。この時代、中国が欧州のアジア進出に先駆けて、世界の海に君臨することも決して夢ではなかったのである。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『世界の歴史 12 明清と李朝の時代』岸本美緒 宮崎博史著 中央公論社

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