東芝半導体、フラッシュメモリーに主力転換
大容量で消費電力低減を実現したNAND型のフラッシュメモリーの開発を手がけた升岡富士雄の退社後も、東芝は体制を整えてその改良に取り組んだ。一方で同社の半導体部門は主力のDRAM(高速短期記憶媒体)に社の命運を賭けていた。そして転機が訪れる。
DRAM部門で韓国のサムスンが世界市場を席巻しはじめると、東芝は2001年、同部門からの撤退を決断し、経営資源をフラッシュメモリー開発・生産に集中的に投入すると表明する。
この経営判断は正しかった。処理速度では劣るものの、安価で小型、大容量の記憶が可能なフラッシュメモリーは、USB、スマートフォン、カメラなどあらゆる生活機器のほか、データセンターでの磁気ディスクに代わる記憶媒体として活用範囲の未来は大きく広がりつつあったからだ。
やがて、フラッシュメモリー部門は、東芝の稼ぎ頭として成長の一途をたどる。
升岡のフラッシュメモリー開発に取り組んだ原点は、「磁気記憶にこだわるハードディスクやフロッピーディスクの巨大な市場は、やがて半導体に置き換わっていくだろう」という明確な見通しだった。彼は1992年の自著ですでにこう書いている。
「やがてヘッドフォンステレオからテープが消え、今の補聴器ぐらいの大きさになるだろう。またCDが消え半導体メモリーカードになる。約10年前にCDが出現し、LP盤がなくなり、レコード針のメーカーが消滅したように、フラッシュメモリーの出現により、ハードディスクメーカーの消滅もありうるのである」「フラッシュメモリーは順調に成長し、DRAMの市場より大きくなる」
9年前の技術者による警告に、経営側はようやく追いついたのである。
経営危機で稼ぎ頭を売却
その東芝を経営危機が見舞う。2015年、不正会計問題で揺れ、米国での原発事業の巨額損失が追い打ちとなり経営が行き詰まった。東芝は、半導体部門を「東芝メモリ」として分社化し温存を図るが、2018年に米国のベンチャー企業・ベインキャピタル、韓国半導体メーカーのSKハイニックスなどの日米韓連合に2兆円で売却せざるを得なかった。東芝は、16%の株式を保有しているが、ドル箱の経営権は失ってしまう。
苦渋の決断だった。この経営判断には今も賛否両論がある。将来性のある成長分野を手放す愚を攻める声が上がる中、好不況を繰り返す半導体産業の状況を考えると、売れる状況での売却を評価する意見もある。
言えることは、技術を誇る東芝の経営危機を、技術陣が積み上げてきたアイデアの結晶が救ったということだ。
キオクシアの躍進
後継会社が、AI(人工知能)ブームの中で飛ぶ鳥を落とす勢いのキオクシアHDだ。AI普及を背景にしたデータセンター向け需要の急拡大で好業績が続き、株価は急騰している。時価総額は一時、トヨタを抜いて国内首位となる躍進ぶりだ。
今年3月期の連結決算では、売上高は前期比37%増の2兆3376億円、本業の営業利益が同92・7%増の8703億円を記録した。生成AIが大量のデータ記憶を必要とするためフラッシュメモリーは欠かせないアイテムとなっている。
6月25日に開れた株主総会では、株主から経営に対する高評価が相次いだ。フラッシュメモリーの開発に心血を注いだ升岡の精神は、連綿とキオクシアに引き継がれている。
「磁気メモリーの時代は終わる」と考え、「処理の高速化より、大容量で安価な半導体メモリー」を追い求めた升岡の名は、もはや国内では過去のものとなりつつある。だが、米カリフォルニア州のシリコンバレーの半導体博物館では、その偉大な業績が展示され、「フラッシュメモリーの父」として高く顕彰されている。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考資料
『躍進フラッシュメモリ 半導体ファイルの先兵』升岡富士雄著 工業調査会Kブックス




















