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人の心を取り込む術(14) 部下を掌握する天才(蒲生氏郷)

指導者たる者かくあるべし

 「湯加減はどうか」

 戦国時代末期の武将、蒲生氏郷(がもう・うじさと)は、織田信長、豊臣秀吉に仕え、その天下取りに貢献したが、主君だけではなく、部下からもこよなく愛された。部下想いの逸話には事欠かない。
 若いころ、近江国にある、わずか6万石の小さな日野城主だった氏郷は、「人材こそが財産」と考えていた。しかしこの石高では部下に十分な禄は支給できない。その代わり、彼は折々に目をかけた部下たちを自宅に招き飲食をもてなした。
 招いた部下に、「まずは風呂に入って来い。湯は沸かせてあるから」と入浴をすすめる。温まっていると、外から声がする。「おい湯加減はどうか」。窓からのぞくと、ほお被りをした氏郷が火吹き竹を吹いている。新参の招待客は誰もが「殿、かたじけない」という気持ちで一杯になった。
 単なる媚びやパフォーマンスではない。安月給の雇用員へのせめてもの感謝の表現だった。その後ただちに宴会が始まるわけではなかった。まず、「恨まず、怒らず」を原則に、身分の上下、長幼の序に関係なく自由に発言させた。自由な討論を通じて、氏郷は家臣たちの個性を知り、それぞれの力量を測ると当時に組織内の情勢を確認した。そして政策立案にも役立てる。城主と部下の間の円滑なコミュニケーションの機会とした。そしてようやく宴席となる。
 家臣の間では「蒲生風呂」としてたちまち評判を呼んだ。風呂、食事を振るまわれた部下たちは、「自分は信頼されている」として自己承認欲求を満足させられ、「蒲生様のためについていこう、生死を共にしよう」と決意を新たにする。噂を聞いたその他大勢組は、「おれも早く蒲生風呂に招かれたいものだ」と一層の忠勤に励むようになるだろう。

 自己申告・他人評価の人事考課

 鉄壁の団結を誇る蒲生軍団はその後、数々の武功を上げて、氏郷は秀吉時代になり、伊勢の松阪、さらに東北の要衝である会津(90万石)を任されるまでに出世した。そこで氏郷は家臣団の禄の改定に臨む。
 「全員に、これまでの手柄とそれに見合う俸禄を自己申告させよ」と家老に命じた。家臣たちは大喜びしたが、家老は青ざめた。申告額を足しあげると石高の二倍を超えたのだ。「これでは財政が破綻します」と抵抗する家老に氏郷は知恵を授ける。
 家老は全員の申告に査定を行い、全員を広間に集めて発表した。家臣たちからは不満の声が爆発する。「あのいくさでの手柄は、私のものだ」「彼のは過剰申告だ」などなど。自己申告に他人の評価が加わると、それぞれの禄は落ち着くところへ落ち着いた。今の「自己申告・客観評価」の人事考課につながる斬新な給与制度の先取りである。家臣同士の評価が加味されることで不要な不満も解消された。

 先頭に立ち士気を鼓舞する

 武士の本分は、「戦いに勝つこと」である。戦場でこそ軍を率いるリーダーの力量が問われる。指揮官のタイプには二様ある。後方にいてただ兵の尻を叩いて突撃を命じるタイプと、自ら先頭に立って率いるタイプだ。若いころから〈一番槍〉を志向して信長に認められた氏郷だが、彼の軍団指導はバランスが取れていた。
 まずは、後者のエピソードがある。新参兵はどうしても戦場で臆してしまう。氏郷は新参者にはこう指導した。「銀の鯰尾(なまずお)の兜をかぶり先陣するものがいれば、そいつに負けぬように働け」と激励した。そしていくさが始まると銀の鯰尾の兜をかぶった騎馬が先頭をかけてゆく。新参兵たちはつられてその後を追い突撃する。その兜の武士は氏郷その人だった。
 そうかと思えばこういう逸話もある。秀吉の九州征伐の時である。秀吉は先陣争いを固く禁じたが、屈強な西村左馬允(さまのじょう)という氏郷の家臣の一人が一番槍を目指して駆け出し、秀吉の逆鱗を買って氏郷に処断を命じた。氏郷の日ごろの指導からすれば家臣に何の咎(とが)もないが、主君秀吉の命令には従わざるを得ない。泣く泣く西村を放逐した。そしてほとぼりが冷めたころ、氏郷は家臣を呼び戻す。そして即席の土俵に彼を呼び出した。
 「西村、手加減せぬからかかって来い」。氏郷も本気で組み合った。二番とっていずれも西村が氏郷を投げ飛ばした。かしこまって恐縮する西村に氏郷は、土俵を取り巻く家臣たちに聞こえるように大声で言った。
 「西村、放逐されても、よく気持ちを切らさずにいたな。もしも、わざとわしに負けるようなら、二度とお前を召し抱えず浪人させるつもりだったぞ」。翌日、氏郷は彼の処分を許し、加増して再び家臣とした。
 このリーダーあって、この家臣あり。蒲生軍団が不敗だった理由はここにある。
 氏郷は常に、組織内の〈湯加減〉に気を配っていたのだ。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『蒲生氏郷』今村義孝著 吉川弘文館
『名将言行録』岡谷繁実著 北小路健、中澤惠子訳 講談社学術文庫

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