今年5月12日、米中関税合戦はドラマティックな展開を迎えた。スイスで行われた米中閣僚交渉は、トランプ関税をめぐる激しい対立から一転、相互に課している追加関税を115%引き下げることで合意した。中国は英国に次ぎ、米国と関税交渉合意に達した二番目の国となった。トランプ関税の「メーンターゲット」と言われる中国が米国の同盟国・日本より先に交渉妥結したのは予想外の結果だった。
米中関税合戦はトランプ政権が発動しものであり、先に戦いの拳を下したのもトランプ政権と見られる。それは一体なぜだろうか?
●トランプ関税の影響 中国より米国が大きい
米中合意の背景には双方のそれぞれの事情がある。しかし、トランプ関税の影響について言えば、実は中国より米国の方が大きい。
まず、今年第1四半期の米中GDP成長率を見よう。米当局の発表によれば、今年1-3月期のGDPは前の3ヵ月と比べれば伸び率が年率に換算して▼0.3%だった。前期2.4%成長から大きく減速して、12期ぶりにマイナスに転落した。トランプ政権の関税措置による影響が色濃く反映された形になった。一方、同期中国のGDP成長率は5.4%で、政府目標の5%を上回っている(図1を参照)。データから見れば、第1四半期に中国経済がまだトランプ関税の影響を受けていないことがわかる。
それでは、2025年通年はどうなるか?IMFが4月23日に世界経済の最新の見通しを公表した。それによると、2025年米国の経済成長率が1.8%となり、1月時点での予測値2.7%より0.9ポイント低い。一方、中国経済が4%で1月時点の予測値4.6%より0.6ポイント低い(図2を参照)。言い換えれば、米中双方はトランプ関税の影響を受ける形となっているが、影響の深刻さについては米国の方が中国を上回る見通しとなっている。
●米中貿易の約4割が米・米貿易
経済の好不況は政権の浮沈を左右する。トランプ政権は、今年第1四半期のマイナス成長が関税の影響によるものではなく、「これはバイデンのせい」と前政権に責任転嫁しようとしている。
しかし、仮に第2四半期も景気低迷が続くならば、トランプ政権はもう責任転嫁が出来ず、被害を受ける消費者や企業と農家及び野党民主党の追及から逃れられない。これは来年の中間選挙に影響を及ぼしかねない。
トランプ関税の第一被害者は、言うまでも中国進出の米国企業だ。表1の通り、中国進出の外資系企業が最も多い国は米国であり、米中経済は互いに深くビルドインしている実態が浮き彫りになる。昨年、米中二国間貿易額が6,882億ドルにのぼるが、その内の約4割が実に米・米貿易だ。つまり、中国に進出するアップル、テスラ、フォードのような米国系企業と米国内企業との間の取引だ。従って、145%にのぼる対中高関税は、米国企業にサプライチェーンの断裂をもたらし、その被害が甚大だ。トランプ関税に反対するのも当然である。
二番目の被害者は米国港湾労働者及びトラック運転手など、いわゆるブルーカラーの人たちだ。対中145%追加関税の発動によって、事実上、中国からの貨物輸送船が途絶えることになり、港湾労働者やトラック運転手の仕事が失われる。ブルーカラーはトランプ氏の支持基盤であり、トランプ関税はこれらの支持層を失う恐れが出てきた。
三番目の被害者は米国の農家だ。中国はトランプ政権に反撃するため、米国産商品に対し、125%にのぼる報復関税を課している。工業製品のみならず、農産品も中国に輸出できなくなり、農家への打撃が大きい。
●「悪夢の再来」を恐れるトランプ政権
四番目の被害者は米国の消費者たちである。高関税は物価上昇に繋がり、国民の生活を圧迫しかねない。
これらの被害者たちはトランプ関税の反対派であり、来年の米中間選挙の結果を左右する一大勢力だ。
米中関税合戦について、トランプ大統領に苦い経験がある。2018年に行われた中間選挙では、下院で共和党が36議席を失い、野党民主党に負けた。うち、少なくとも5議席が第一次トランプ政権の対中関税と直接関係している。上院では共和党がかろうじて多数派を維持したものの、国会の「ねじれ状態」が発生し、トランプ大統領の難しい政権運営を迫られた。
今回の米中関税合戦を終結させなければ、「悪夢の再来」の可能性が高い。これはトランプ大統領に米中妥結を決断させた最大の要因だと、筆者が思う。
一方、中国の習近平政権はトランプ政権の発動した関税戦争に対し、「戦いならば最後まで付き合う」と一歩も引けない強硬姿勢を取っている。結局、この強硬姿勢は相手を交渉のテーブルに付かせ、一時的に有利な合意を引き出した。
中国の強硬交渉術は、日本を含む主要国に注目され、これらの国々と米国の関税交渉戦略にも影響している。鳴り物入りで始まったトランプ関税は、中国の対応によって、いま新しい局面を迎えている。(了)