令和2年度人事院「民間企業の勤務条件制度」調査結果によれば、日本の企業全体の91.9%が何らかの退職給付制度を採用しており、そのうち退職一時金制度のある会社は91.2%、企業年金制度のある会社は45.8%となっています。
また、定年退職時の退職金支給額は、平成30年度の厚生労働省「就労条件総合調査」では、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で1983万円(規模計)、高校卒(管理・事務・技術職)では1618万円(規模計)となっています。
これほどまでに広く浸透し、支給額もある程度まとまった金額となるように設計される退職一時金制度や企業年金制度(以下、両者を合わせて「退職金制度」と呼ぶ)ですが、制度自体は法律等で設置が義務付けられているわけではなく、あくまでも雇用慣行の中で定着してきたものです。
ですから、「わが社は退職金制度を止めて、その分だけ給与水準を引上げよう(いわゆる前払い退職金がこれにあたります)」という会社がもっと沢山あっても不思議ではないのですが、それでもなお企業全体の9割以上が退職金制度を持ち続けている理由として、社員の採用・定着面でのメリットが非常に大きいことが挙げられます。
日本では雇用の流動化がなかなか進まず、労働生産性が低いこともあって、「退職金制度こそが人材の流動化を阻む悪しき慣行である」と一部には批判的な声があるのも事実です。しかし、人材の採用・確保が難しい中小企業にとっての退職金制度は、優秀な人材に「定年までこの会社でしっかり勤め上げたい」と思わせる、すなわち長期勤続への大きなインセンティブ機能を持ち合わせた非常に有効な仕組みでもあるのです。
退職金制度は、勤続要素をも含めた「功労褒賞」と「老後の生活保障」の要素を併せ持った制度だといって良いでしょう。
そして「わが社のOB・OGとして老後の生活資金に不安を感じることなく第二の人生がスタートできるように」と退職金制度を整備することは、会社が社員を大切に思っていることを社員に分かりやすく示すものでもあります。
退職金制度の「メリット」として、①人材採用面では自社のアピールポイントとなり、応募者が会社選択をする上でのプラス要因であること、②長期間にわたって勤続するほど支給額が積み上がり、人材流出を抑制する効果が期待できること、③給与等で支給するより、従業員と会社の双方にとって節税効果が大きいこと、等が挙げられます。
特に③の節税効果は非常に大きなものです。
課税退職所得金額は次のとおり。
課税退職所得金額=(退職金の収入金額-退職所得控除額)×2分の1
また、退職所得控除額は、以下のように計算されます
20年以下 40万円×勤続年数
20年超 800万円+70万円×(勤続年数-20年)
この算式に当てはめれば、非課税枠がいかに大きな金額となるかがわかります。
退職金制度は、長期勤続へのインセンティブ効果を持つ制度であることは間違いありませんが、もしも現在の支給水準が世間並み以下なら、大きな効果は期待できないかもしれません。冒頭でご紹介した退職金支給額は、大企業がその平均値を引上げていると考えられるものの、中小企業に限定したとしても、定年到達時には900~1100万円程度(新卒から定年まで勤め上げた場合)の水準は欲しいところです。
功労褒賞の側面を重視して、「退職金支給額にも、もっとメリハリをつけるべきではないか」との意見も聞かれますが、その場合でも、まず世間並みの水準が確保されていてこそと言えましょう。
また、定年到達時の基本給に、勤続年数別支給率を乗じて退職金総額を算定している会社では、算定基礎となる定年到達時の基本給額自体がすでに相応の差があるでしょうし、年2回の賞与で各々の対象期間における貢献度を反映したメリハリある配分が行われているのであれば、退職金でそれ以上の格差を設ける必要はありません。