10月下旬以降、来年の賃上げを巡る報道が目立つようになってきました。
政府は、10月28日に総合経済対策を公表。補正予算29.1兆円(総事業費71.6兆円、財政支出39.0兆円)が年内に成立する見込みです。総合経済対策の柱の1つが「物価高騰・賃上げ」への対策。今年6月に公表された「新しい資本主義」の中の計画的な重点投資4項目でも、まず「人への投資と分配」が取り上げられ、その冒頭で「賃金引上げの推進」が謳われています。
このように政府の経済対策の中核に「賃上げ」が位置付けられていることがわかります。
こうした動きに沿うように、連合も23年春季労使交渉における賃上げ要求を5%程度とすることを決めました。この7年間は定昇込み4%程度を要求水準としてきましたが、来年度は1995年以来、28年ぶりに5%という水準を掲げます。その内訳は、定期昇給相当分2%、ベースアップに相当する賃上げ分3%です。組合側としては、物価上昇に追いついていない賃金水準の引上げに加え、経営サイドに「人への投資」を加速するよう求めることが基本軸となりましょう。中小組合は、賃上げ分9,000円、総額13,500円以上を目安に取り組むこととなりそうです。
経営者側としては、足元の物価高によって景気回復への流れが止まることのないよう、一定程度の賃上げには理解を示しているものの、企業業績の二極化も指摘されており、業種・業態をこえた横並びの対応に戻ることは決してないでしょう。また、今年の賃上げ妥結結果(厚生労働省:主要企業)が2.20%だったことを考えても、この倍以上を目指す動きが広がるとは考えにくいものです。人事戦略という面では、リスキリング(学び直し)や副業の推進、業態転換等をも含めた構造改革などに踏み出す企業もあり、大手企業を中心に、総合的な企業戦略・人事戦略を見据えた労使交渉となりそうです。
直近の雇用環境に目を向けると、9月の有効求人倍率は1.34倍(正社員1.03倍)、完全失業率2.6%と引き続き改善基調にあります。完全失業率は、月によって若干の変動があるものの、2.5%前後であればほぼ完全雇用状態にあると考えて良いものです。
マスコミ報道では、雇用環境は改善基調と報じられますが、採用する企業側にとっては、人材獲得競争が厳しくなることを示しています。今後は、採用戦略としての賃金水準(採用初任給、中途採用者への年収提示、既存社員とのバランス)をどう決めるのかも、より重要なテーマとなってくることでしょう。
「賃上げ」というと賃上げ率にばかり関心があつまりますが、中小企業では月例賃金の絶対額にも常に目を向けなければなりません。春季労使交渉・妥結結果の対象たる主要企業(1000人以上)の平均賃金は313,728円(組合員ベース)。これに対し、毎月勤労統計調査による30~99人規模の企業の所定内賃金は244,146円(数値は管理職を含む)に過ぎません。来春、一律に5%引き上げたとしても256,353円です。良い人材を継続的に採用し定着させようとすれば、世間並みの賃上げ率を確保すること以上に、その水準自体にしっかり目を向けて対処していくことが肝要です。
「賃上げ」、とりわけベース水準の引き上げを意味する「ベースアップ」は、
①会社業績向上による配分
②物価上昇による購買力低下に対する補填
③世間相場に対する自社賃金水準の戦略的決定
の3つがその主たる目的です。
このうち、③の自社水準の戦略的決定の部分が、今後さらに重要性を増すことでしょう。もちろん、賃金水準だけが採用・定着に向けた戦略の全てではありません。若手社員が、将来のキャリアパスを描けるようにすることも重要なテーマです。ただ、「世間並み」をいつまでの下回っている状態が続けば、当然に人材流出につながることは意識しておかなければいけません。