祖父の代から続く製造業の社長である石川社長が、賛多弁護士のもとに相談に来られました。石川社長によると、自社の後継者について悩みがあるようですが…。
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石川社長:賛多弁護士は、後継者とかで悩まれていますか。
賛多弁護士:そうですね、良い意味でも悪い意味でも弁護士業は人につく仕事ですので、後継者といっても、石川社長のような先祖代々から続く会社における意味合いとは異なってしまう気もしますね。
石川社長:そうなんですか。先生もご存知のとおり、私の会社は祖父の代から製造業を営んでおりまして、私で3代目です。製造業と言っても、私の代で事業範囲も拡大したりしましたし、私の後継者となるぜひ4代目には4代目らしく経営を行ってもらいたいのです。
賛多弁護士:後継者の候補はいらっしゃるのですか。
石川社長:それがですね、私の子ども達3人が会社の経営に関与しているのですが、後継者としての決め手に欠けておりまして。とは言いましても、私も70歳になりましたし、そろそろ体力の衰えも感じ始めたところで、後継者を決めなければと頭を悩ましているのです。
賛多弁護士:なるほど、石川社長としては後継者が決めきれないので、なかなか事業承継についても検討が進まないといったことでしょうか。
石川社長:その通りです。会社の株式は私が100%持っているので、私に何かあったら株式は法定相続人に相続されてしまい、株式の分散が生じてしまうことも非常に気がかりです。と言っても、後継者が決めきれていない現状において、遺言書を書くこともできませんし…
賛多弁護士:それでは、自社株信託はいかがでしょうか。
石川社長:賛多弁護士から以前民事信託について話を聞いたことはありますが、自社株信託とは何ですか。
賛多弁護士:石川社長が保有している自社株を信託財産として、後継者を受託者(財産を管理する人)として信託契約を締結することです。自社株を議決権と配当受取権に分け、配当については誰に渡すか石川社長が決めることができます。
石川社長:議決権行使についてはどうなりますか。
賛多弁護士:受託者となる後継者が行使することとなりますが、委託者(財産を預ける人)である石川社長の指図(指図権)に従うこととするといった条件をつけることができます。
石川社長:そうなると、私が元気なうちは、受託者である後継者に対して指図権を行使することによって、経営に関与することができるということでしょうか。
賛多弁護士:その通りです。
石川社長:私の不安である誰を後継者としたらよいかという点については、どうですか。
賛多弁護士:当初の受託者をお子さんのうちの1人としておき、後継者として交代が必要であると石川社長が考えた場合には、他のお子さんに交代することができるという契約内容にすることが考えられます。
石川社長:なるほど。一度決めた後継者について、後継者として問題が生じた場合には交代させることができるのですね。
賛多弁護士:そうですね、そのような意味では自社株信託を活用することによって、「やり直しがきく事業承継」を実現することができます。
石川社長:株の分散を防ぐという点はどうですか。
賛多弁護士:その点も、信託契約書上、石川社長が亡くなられた際の受託者(後継者)に株式を渡すという形にすることによって対応することができます。
石川社長:なるほど!自社株信託を活用すれば、遺言とは異なり私が元気なうちに、事業承継の準備が進められますね。
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石川社長が言うように、自社株信託は事業承継の要となる社長(株式の多くを保有している者)が元気なうちに事業承継につき準備を進めることができる上、やり直しができるという点に大きなメリットがあります。もっとも、自社株信託は個々の会社の状況に応じたあらゆるケースを想定しつつ契約書の条項を検討する必要があるため、慎重な検討が必要となることに注意が必要です。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 横地未央