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人間学・古典

第74回 「食文化の乱れは恥の喪失」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 たまにテレビをつけると、どこの局も大差のないグルメ番組が多い。今は、他の方法でも手軽に映像が観られる上に、テレビ以外の手段もあり、製作費を掛けた番組はなかなかできないのだろう。

 名店でも地域に愛される店でも、笑わせる必要はないのにお笑い芸人やタレントが登場し、その店の名物を口にしてコメントを発する。多少の差はあれ、流れは同じだ。失礼ながら、中には豊かな表現方法や語彙を持たない人も散見され、なおさら幻滅を招くこともあり、積極的に見ようとは思わない。その理由を考えていて、ふと、それだけではないことに気付いた。

 

***

 

 昭和30年代後半生まれの私などは、「買い食い」を戒められた。夏の暑い盛りに、アイスキャンディーを舐めながら友達と遊び疲れた喉の渇きを癒しながらブラブラするのは、今で言えばやや背徳感めいたものがあったのかもしれない。それは、「きちんとした席以外で、ひと様の前で何かを食べるのはみっともないことだ」との教えがあったからだ。

 「食事は家で」は当然だが、おやつも、表で食べずに買って来たものを家の中で食べるのが当たり前で、そこに友達などは同席していても、見ず知らずの人がいれば、食べるのを遠慮する小さな配慮があった。

 巷に溢れる「グルメ番組」に嫌気が指すのは、冒頭に挙げたような理由ばかりではなく、子供の頃に家で教えられたことと正反対の行為を、不特定多数の人々を相手にしていることに違和感を覚えるからだ、と最近になって気付いたのだ。

 さらに言えば、失礼ながらこの手の番組で食べ方が美しい人にはあまりお目にかからない。また、味の表現も「うまい!」「とろける~」など、多少の違いはあっても異口同音だ。当然のことで、美味しい物を出す店へ出掛けているのだから、他に言葉がありようもなく、料理の批評家でもなければ、こうなって当たり前だ。

 しかし、テレビという赤の他人が何百万人観ているかわからない媒体で、決して上手とは言えない箸の使い方などで食べた揚句に「うまい!」と連発しても、視聴者には何も響かない。ここではすでに、「人前で物を食べる」ことの恥ずかしさと、その感想を、人前を憚らず大声で表現するという、「恥」の概念が抜け落ちている。する方にすれば、それが求められた仕事であり、そこを責めるわけにも行かないだろう。問題なのは、こうしたテレビから垣間見える日本人の精神性の問題だ。出演者は、その矢面に立っているのだとも言える。

 この状況を「食文化の衰え」と指摘した人がいる。これは巧みな表現であり、現在の状況を見事に喝破したものと言える。この発想をもう一歩進めると、現代の我々が「恥の文化」を喪失していることが、いろいろな角度で見えて来る。

 公共交通機関の中でメイクをする女性、食事をする人、隣の座席を荷物置場に使っている人…。こうした例は、生活の光景の中で有り余るほど見ることができる。この「有り余る」が問題で、余りにもこうした行動が多いために、観ている方の感覚もいつの間にか麻痺し、本来はおかしいことだ、とは思いつつも、注意する気力もたしなめる元気も失っている、ということだ。

 

***

 

 生活の基本である「衣食住」の「食」の乱れがすべて「恥の喪失」につながるとは言わない。しかし、テレビのグルメ番組の中には、そうした観念はなく、また、「恥」という視点を加えて番組を見直すと、感覚も違ってくる。

 問題は、マス・メディアと呼ばれる放送などの媒体の、番組やコンテンツの制作者の中にその感覚が欠落していることだ。「視聴率さえ取れれば」「安い制作費で手軽な番組を」などの理由で、こうした番組が増えている背景もあるだろう。とは言え、悪貨が良貨を駆逐するごとく、この類の番組が数を増やし、どんどん食文化は衰え、恥を喪っていったのだ。

 日本には「味わう」という言葉がある。わずか数分の限られた映像では、味わうことができないばかりか、味わった感想を伝えることもできない。子供に対しては「食育」の大切さを訴える一方で、多くの大人が今までに蓄えてきたはずの食育の経験値を知らず知らずのうちに喪っている。あるいは、喪わされていることに気付かずにいる、と言ってもよいだろう。

 

***

 

 私は、グルメ番組を批判したいのではない。食傷気味なのは事実だが、そこから見える精神性の問題を憂い、嘆きもしている。こうしたものは氷山の一角に過ぎず、時代の変化と共に現われたものを、何のためらいもなく受け入れて良いのか、ということだ。何もかもを批判する必要はない。ただ、すぐに飛び付かずに、一歩立ち止まる余裕があるのが大人の考えではないのだろうか。

 もう一点、この原稿を書きながら感じたのは、人間の感性は意外に早く麻痺する、ということだ。「適応能力が高い」と前向きに言い換えることは可能だ。しかし、そう喜んでばかりもいられない憂慮すべき事柄があるのではないか。公共交通機関での光景を持ち出すまでもなく、自身の行動から見えるものも多い。それに気付くようになったのは、還暦を過ぎてからで、年を重ねるのも悪いことではない、と強がっている。

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