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人間学・古典

第58回 恥の文化

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 『万葉集』の研究で名高く、多くの功績で文化勲章を受章した中西進(1929~)氏の優れたエッセイ集に『日本人の忘れもの』という折々に読み返したくなる本がある。

 

今の日本人が忘れてしまったものはたくさんあるが、その中に「恥の文化」があるのではないか、と最近頻りに思う。国際化が進む中、諸外国のさまざまな思想や主張と付き合い、渡り合う中で、曖昧な態度や過度な謙遜は差し支えがあると指摘されているのも事実だ。しかし、それとは別の観点で、「恥の文化」は、日本が世界に誇るべき精神性の高さだと思う。

 

現代においてどの程度の共感を得られるかはともかくも、我々日本人は、人前で恥をかくことは時に人生修養の一つであり、また、本当に恥ずかしいことだった。「お天道様に恥ずかしい」「ご先祖様に顔向けができない」など、目に見えぬものや口を利かないものに対しても、畏怖や敬意を払う繊細な感性を持っていたことがこの感覚を示している一例だろう。

 

今時、仏教説話のようなことを…と笑われそうだが、年代を問わず、「恥も外聞もない」世の中だと感じるからこそ、うるさがられるのを承知で書いている。

 

今や、公共交通機関には当たり前に備えられている「シルバーシート」が、初めてJR(当時は「国鉄」)の中央線に設置されたのは、昭和48年9月15日、今から半世紀以上前のことだ。もう50年も前から、老人に席を譲らないことが常態化していたために、あえて「シルバーシート」を設けたのだ。「今時の若い者は…」とは古代から使われていた言葉だとは皆さんよくご存じのことだが、50年前もご同様、ということになる。

 

半世紀前に席を譲らなかった若者たちは、そろそろ「後期高齢者」と呼ばれる年代に近くなり、できれば座らせてもらいたいと思う人もいるだろう。これを、「時代は繰り返す」と終わらせれば別だが、今回の主旨はそうではない。

 

電車のドアが開くと、老いも若きも関係なく、一斉に空席を目掛けて突進し、我先にそれこそ「恥も外聞もなく」席を占める。かてて加えて、化粧を始める女性、匂いも構わずに食べ損ねた朝食を食べ始める男性、大音量が漏れているのも気にせず好きな音楽に没頭する人と、我が家の化粧室やリビングの延長がそこにあるかのような振る舞いを見せる。こうしたことは比較的若い層に目立つが、それ以外の年代とて決して安全圏とは言えない。

 

今は車中の光景を例に挙げたが、町へ出れば、思い通りにならなければすぐに怒鳴り散らし、責任者を呼べと居直る「暴走老人」と有難くないニックネームを付けられた老人の姿を見かけることも多い。

 

今や年代に関係なく、「自分さえ快適なら問題はない」と考える人々が飛躍的に増えた。大きな責任を伴う「自由」とは全く性質が違う「我が儘」がはびこっているのだ。これは、人様が大勢いるところでこんなことをしては…という恥の文化が廃れた証拠だ。これを、現場が疲弊しきっている教育のせいにしても仕方がない。それ以前に、家庭での躾を放棄した親の世代の責任であるからだ。更に言えば、その親の世代までにも責任は及ぶ。

 

我々日本人は、これほどに自分勝手な民族だっただろうか。一体、何をきっかけにこんな社会になってしまったのだろう。嘆くだけではなく、その根っ子となっている原因を探し、考え直すことが大事だ。

 

根っ子は一つとは限らない。その一つが、「恥の文化」の喪失ではないか、と私には思えてならない。「人目を気にする」感覚は誰にでもある。しかし、それは外見の装いや容姿だけではなく、立ち居振る舞いがどうか、ということを改めて考える必要もあるだろう。パジャマ同然の恰好で近所へ買い物に行くことは着替えを省く点では本人には快適でも、周りからどういう目で見られるかを考える視点はない。

 

自戒を込めて書くのだが、一言で言えば、すべての面で「だらしなく」なって来たのは否定のしようがない。それは、恥の感覚が薄れ、範囲や対象が狭くなったことと無関係ではあるまい。一度限りの付き合いだからと、タクシーの中で横柄な態度で喚き散らし、日々の不満をドライバーにぶつけるいい大人の姿は、誰も見ていないから、ここで用を済ませてもいいだろうという精神構造と何ら変わりはない。人間としての「たしなみ」や「装い」を忘れ、恥を忘れている証拠に他ならない。

 

「新型コロナウイルス」という奇禍のおかげで、リモートワークが発達し、人前へ出る機会が減ったこともその原因の一つだろう。この厄介な病気の流行は、我々の肉体や精神だけではなく、「精神構造の変化」という置き土産をも残してくれた。

 

昨今、「ウィズコロナ」というやけに心地よさそうな言葉が独り歩きしているが、実践するには今までよりも厳しく自分を律することも必要だ。怖ろしいのは、恥を忘れて生きていると、やがてそれが顔つきに出てくることだ。書いている私とて他人事ではない。やがて迎える人生の終りに、自分の恥を総決算することになる。それまでに、その数を一つでも減らすべく襟を正すのに、遅い、というタイミングはない。

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