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- 逆転の発想(1) 賢い意見集約法
99パーセントの沈黙
わが国における〝ロケット開発の父〟糸川英夫は、1960年代にNASA(米航空宇宙局)で、米国式の会議の印象的な進め方に出会った。国産ロケットによる人工衛星打ち上げがようやく視野に入ったころのこと。自前での衛星追跡システムがなかったため、NASAの協力が必要だ。NASAは前向きだったが、日本の技術開発のために米国の血税を使うのだから米議会の承認は簡単ではない。
NASAは関係者集め、何かいい知恵はないかと会議を開いた。座長を務める衛星追跡システム担当部長は28歳のキレ者である。しかし彼は3時間(180分)に及ぶ会議で沈黙を守りスタッフたちの議論に耳を傾けるばかりだ。
部長はキレ者だが若い。経験豊富な40代、50代のスタッフから「かつて他国から同様の要請があったが、政府から却下された」「こういう書類を作ったらうまくいった」「方法と手順はこうするのが適当ではないか」と過去の事例を踏まえて活発な議論が始まった。数十人のスタッフ全員の発言が出尽くすと、部長は最後の2分で、「それでは議論をまとめる」と宣言して、「A君のこの部分はいい」「B君の主張は全くその通りだ」と全員の意見を一通り批評し、ほぼ全員の意見をつないで見事なレポートをまとめあげた。
180分のうち99%の178分は黙って聞くだけで、自由な議論の中から手際よく結論を導いてしまった手法に糸川は舌を巻いた。
全員のやる気を引き出す
日本でなら、まず部長が自らの意見を披露して議論の方向を誘導して議論が始まるだろう。しかしそれでは、部長より年上の40代、50代のベテランたちは異論があっても吐けなくなってしまう。貴重な過去の経験が反映されなくなる恐れがある、と糸川は言う。会議についての発想の転換が必要なのだ。
さらに、NASAの事例では、部長はどの意見に対しても、否定的なコメントはしなかった。「ここがいいから採用した」という肯定的な話ぶりだったという。そのことによってこのレポートに沿った議会への働きかけにはスタッフ全員が一致して協力した。「この申請書類は自分が作った」という意識がスタッフそれぞれで共有されたのだ。
おそらく、糸川からの申し出を受けた段階でNASAの部長は、日本への協力を決断していたのだろう。後は手続きである。そしてその先の衛星追跡の実行である。いかにキレ者の部長でもこれを一人で実行できるものではない。プロジェクト実行にはスタッフ全員の協力が必要だ。
その後、NASAのチームは日本が次々と打ち上げた衛星の軌道を、自分の国の衛星のように見事に追った。部長が目指す方向に向けた組織意思の統一に会議は大きな役割を果たしたのだ。運営次第で会議にはそういう効用がある。
ワンマン型リーダーに正しい判断ができない理由
このエピソードを最近知って、思い出したことがある。戦国武将・武田信玄の軍議の進め方についてである。信玄は、軍議に当たって、家臣たちの能力を最大限に活かすために議題に沿ってまず自由に意見を言わせたという。そして最後に信玄が意見をまとめ、座にいる全員が納得する決定を下した。それによって武田軍団は結束して敵に当たった。軍議だけではない。信玄が統治する甲斐では意見具申や諫言は奨励され、家臣たちは競うように積極的に領国経営に邁進した。
信玄は家臣の声を聞く耳が大きければこそ組織運用に成功した。
武田家の軍学書『甲陽軍鑑』は、信玄と対極にある、聞く耳を持たないワンマン型リーダーには正しい意見が上がってこない、と戒めている。意訳すればこういう内容だ。
〈ワンマン型リーダーに仕える古老たちは、意見する機会があっても、リーダーが機嫌を損ねるのではと遠慮して口ごもり意が通じない中途半端な意見となる。意が通じないから、リーダーは、古老たちを軽んじて、自分だけが正しいとますます増長する。そのリーダーが二代めであれば、先代に仕えた古老たちをしぶしぶ集め意見は聞くが、リーダーを恐れてまともな意見は上がってこない。そのうち邪心のある者が代替わりしたリーダーの気に入られようと取り入って、リーダーの意に沿った意見ばかりを言いはじめる。リーダーは、「俺の考え同じじゃないか。やはり自分は正しい」と勘違いして、ますます正しい判断ができなくなってしまう〉
そんなリーダーの下で、でまともな意見集約などできはしない。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『新装版 逆転の発想』糸川英夫著 プレジデント社
『日本の思想9 甲陽軍鑑・五輪書・葉隠』相楽亨編 筑摩書房