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挑戦の決断(12) ルビコン川を渡る(ユリウス・カエサル)

指導者たる者かくあるべし

 決心すれば一気に
 ルビコン川を前にユリウス・カエサル(英語名ジュリアス・シーザー)は迷っていた。地中海世界の大国ローマの将軍として、9年の長きにわたりガリア(現在のフランス)、ゲルマン(同ドイツ)相手に戦ってきた。連戦連勝で国の北方の守りを固めてローマへの帰還の途上にあった。紀元前49年1月のこと。
 カエサルと兵士たちが命をかけて国のため戦っている間、元老院(議会)を牛耳る有力貴族たちは平和をむさぼり、国政は腐敗し混乱していた。カエサルは看過できない。帰国して翌年の執政官に立候補して権力を掌握、国体を改造し、新しい秩序を打ち立てるという野心に溢れていた。
 元老院は、ガリアでの戦勝の指揮ぶりにより市民の間で人気が沸騰するカエサルを目の仇とし抹殺を狙っている。ルビコン川は川幅10メートルにも満たない小川であるが、ローマ本国とガリアを隔てる国境である。この川を渡れば、軍の指揮権を放棄すべきことが国法で定められている。カエサルが軍を手放してローマに戻れば、おそらく守旧派に殺される。軍を率いて渡河すれば国賊となり内戦は必至だ。内乱となれば、政治的混乱に拍車をかける。さてどうしたものか、迷う。
 元老院は、平民代表の護民官たちの抗議を無視してカエサルに武装解除の最後通牒を突きつける。カエサルは、ガリアの戦役で苦楽を共にしてきた第13軍団の兵士を前に呼びかけた。「戦友諸君、私を最高司令官と仰いで多くの勝利を得てきた君らは今こそ、私の名声と威信を政敵の攻撃から守ってくれ」
 兵士たちは一斉に叫んだ。「わしらは、最高司令官と平民を保護する護民官が蒙った不当な仕打ちに進んで復習する覚悟がある」
 兵士たちの意志を確認すると、カエサルは国法を破る決心をする。先手必勝がガリアでの数々の戦いで得た教訓だった。決断しながらぐずぐずしていれば状況はどう転ぶかわからない。迷いはしても決断すれば即実行が戦いの原則である。政治闘争においても同じだ。
 「賽(さい)は投げられた」。カエサルに率いられた六千の兵たちは一気にルビコン川を越えてローマに向けて進軍する。
 
 速攻は数的不利を解決する
 賽は投げられたが、カエサル軍団の主力はガリアにおいてきたままだ。元老院側についた将軍ポンペイウスは十倍の兵を確保している。しかも非常大権を与えられたポンペイウスには新兵募集の権限もある。
 だがカエサルには、素早く進撃することで状況を逆転できるという目論見があった。通過する都市の長老たちは戦いを避けるため次々と城壁の門の鍵をはずしてカエサル軍を歓迎し、兵糧を支援する。城壁を守護する元老院側の兵士たちも戦わずしてカエサル軍に寝返った。
 鎮圧軍を任されたポンペイウスには油断があった。一つはいかにカエサルでも国法を破るには逡巡するだろうという思い込みだ。また時は冬だ。戦いは春になってからというのがローマ軍の戦争の基本だから時間があると考えた。しかしカエサルは動く。「まさか」の不意打ちに、数的有利を持ちながら右往左往するばかりだった。
 ポンペイウスはカエサルを迎撃するどころか慌ててローマを放棄し逆方向の南へ指して逃亡する。配下の軍団には、「体制を整えて出直す」と号令し、船でギリシャ方面へ逃げた。カエサル軍には、一兵卒まで「世直しの進軍」という戦いの目的が徹底されている。士気の差は、兵力の差を補ってお釣りがくるのに十分だ。
 戦争に限らず、闘争場面では、決断したならば、趣旨と目的を部下に徹底し素早く動くことが何よりも大事なのだ。
 
 寛容による人心掌握
 結果的にカエサルは、この内乱に勝利しローマの全権を掌握するが、その戦い方はカエサルの人格、人心掌握術の巧みさに負うところが大きい。
 ルビコンの決断を前に彼は、部下への命令ではなく、自らの窮地を戦友としての兵士の自尊心に訴えかけた。「力を貸してくれ」という依頼であって決して上から目線ではない。そのことによって一人の兵士も離反しなかった。
 ただ、その際に一人の重要な人物が戦列を離れている。ガリア戦争で副官を務めたラビアヌスだ。「祖国に殉じる」として反乱に加わらなかったが、カエサルは彼を追求せず、許し放免した。荷物を送り届けもした。この寛容の対応がまた、兵士の間に「カエサルは大したものだ。この男のためなら」という敬意と信頼、忠誠心を醸成する。
 戦いを通じて、カエサルは都市、城砦を責める時も包囲の後、投降を呼びかける。味方に寝返った兵士たちは信頼してそのまま軍団に取り込んだ。軍団は進軍するにつれて膨らんでいくことになる。さらに捕虜に取った敵軍の指揮官も処罰することなく、自らの戦いの目的を告げて放免する。処罰はしない。カエサル信奉者はいやでも増えていく。
 対するにポンペイウスは、ローマを放棄する時も、「全員、私について来い。街に残るものは敵とみなす」と元老院議員、市民たちを脅した。そして戦いでの捕虜は虐殺する。どちらに人がついていくかは明らかだ。
 カエサルは、単なる戦術の天才なのではない。究極の〈人たらし〉なのだ。大いに学ぶべきところがあろう。
 
 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『ガリア戦記』カエサル著 近山金次訳 岩波文庫
『内乱記』カエサル著 國原吉之助訳 講談社学術文庫
『ローマの歴史』I・モンタネッリ著 藤沢道郎訳 中公文庫

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