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故事成語に学ぶ(51) 愚公(ぐこう)山を移す

指導者たる者かくあるべし

 山を動かす力
 昔々の物語である。春秋時代に書かれた思想書の『列子』に登場する。今の中国山西省の北山というところに愚公という90歳を迎える男が住んでいた。太行山と王屋山という険しい山のふもとに家があり、どこへ出かけるにもまわり道を強いられていた。
 あるとき家族に持ちかけた。「あの山の険しいところを切り崩して町へ出るまっすぐな道を作りたい。手伝ってくれるか」。皆は賛成して岩を砕いては運び土地を切り開きはじめた。もっこをかつげる男は三人だけの難作業だ。
 ある男が見咎めて言った。「おいおい、お前さんほど物分かりの悪い者はいないな。老いぼれのあんたでは草一本抜くのも大変だ。できるわけがない」。
 愚公はため息をついて言った。
 「あんたこそどうしようもなく頭が固い。たとえわしが死んでも子供たちは生き残る。そして孫が生まれ、孫から孫へ。そのまた子、孫へ。人手は尽きることがないじゃろう。ところが山は今より高くなる心配はない。いつかは山が必ず平らになるのが理屈だろう」
 これを耳にした山の神は、「これでは山は切り崩されてしまう」と心配し、愚公に天罰を下すよう天帝に注進した。報告を聞いた天帝は逆に感心して、怪力無双の手下二人を遣わして、二つの山を背負わせて遠くに運ばせた。一帯は丘ひとつない平野となった。
 
 水の一滴も石に穴を開ける
 信念にもとづく不断の努力は報われるという寓話である。天帝が感心したのは、難関の山はこれ以上高くならないが、努力は永遠に続くから「できる」という、愚公の〈逆転の発想〉だったろう。「できない」と決めつけては山どころか何事も動かない。
 小さな力でも、不断の努力を重ねれば、大きなことを成し遂げられるという成語は、中国の古典によく登場する。
 〈縄鋸(じょうきょ)に木も断たれ、水滴に石も穿(うが)たる〉(井戸のつるべの縄も、長い間に井戸の木枠を切り、水のしたたりもやがて石に穴を開ける)
 『菜根譚(さいこんたん)』にある努力の効用である。
 
 毛沢東の信念
 「愚公山を移す」の故事を有名にしたのは近代中国を統一した中国共産党の毛沢東だ。1945年6月、日本軍と蒋介石の国民党軍を相手に熾烈な戦いを繰り広げていた毛沢東は演説で、「愚公山を移す」の故事を引用して、いかに相手が強敵でも、われわれが山を切り崩し続ければ必ず展望は開ける、と同志たちを鼓舞した。
 一見冷徹な共産主義者の毛沢東も、中国古典の故事には通じていたのである。
 
               ◇
 
 一年間書き継いで来た「故事成語に学ぶ」のシリーズはこれで終了し、次回からは、「逆転の発想」をテーマに考えてみる。
 
 
 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『列子 下』小林勝人訳注 岩波文庫 
『中国の思想6 老子・列子』奥平卓、大村益夫訳 徳間書店
『菜根譚』洪自誠著 中村璋八、石川力三訳注 講談社学術文庫

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