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社長業

第36回 「自分自身」を一冊の本にする

繁栄への着眼点 牟田太陽

※本コラムは2022年4月の繁栄への着眼点を掲載したものです。

 「いまは先が見えない時代、長期計画なんて意味がない」という人も増えてきた。実に悲しいことである。「自社のあるべき姿」を示してそこに向かって逆算をしていくのが経営ではないか。

 コロナ禍で多少の延期はあるだろう。しかし様々なシナリオを想定して計画を建てることが社長の仕事である。「長期計画なんて意味がない」と言っている社長は仕事を放棄しているに等しい。会社は社長次第で全て変わる。社員が社長のことを深く知ることでしか、会社の真の柔軟性は生まれない。

 社長の理念、思想、哲学、人生観、世界観、目標…何のために事業をやっているのか、どんな会社にしたいのか、好きな言葉、絶対に嫌いなこと、恩人、どうやって社員に伝えるのか。

 先日、新潟にいる社長仲間が新事業を始めたので訪問をした。
 その帰りに「ちょっとお茶でも」と彼がやっている飲食事業の店舗に寄った。そこで店長の相談に乗ってやってほしいと言われた。28歳の若い女性店長だ。厨房の中で働いている若い社員をどう教育したらいいかということだった。百貨店に入っている店舗だ。

 週末は人が入るので忙しい。しかし、度重なる緊急事態宣言やまん延防止措置で暇なときもある。そうしたときに厨房で私語をするようになった。そうするとクセとは怖いもので、忙しい時も厨房に入ると私語をしている。それをどうしたらいいのか。

 私も飲食業をやっていたのでよくわかる。厨房には自分より年上の料理長がいる。店長とはいっても28歳の女性だ。自分より年上である料理長を飛び越え若い社員を直接注意したとする。注意したことにより折角採用した社員が辞めてしまわないか。いまは時給を上げても飲食業はアルバイトも来ない。どうすればいいのか。どう言えばいいのか。それで彼女は悩んでいるのだ。

 「『長』と名の付くポジションにいる人は傷つくのを恐れてはいけない。一番いけないのは何もしないことだ。悩んだ時は、社長だったらどうするのか、社長だったら何と言うのか、そう考えてほしい。『長』と名の付く役職の人は、社長の代行業なのだから。その上でたとえ注意された社員が辞めてしまっても、仕方のないことだ。そういう人は遅かれ早かれ辞めているだろう」

 「それによって社長は褒めることはあっても、怒ることはない」私は、そう言い横を見た。社長は嬉しそうな顔をして頷いていた。「コロナで発表会を中止していましたが、やはりやらないとダメですね」と言っていた。

 東証二部上場企業である工藤建設の話だ。

 創業者である故工藤五三氏から聞いた話だ。創業間もない頃、店舗の建設を受注した。建物は完成し、引き渡しの時にそこの社長から驚くものを見せられた。それは建設中の端材を写真で撮影したアルバムだった。

 「この端材は誰の金だと思っている。俺が払った物だ。何処にある」当然そんなものはもうない。その社長は、だったらその金額を差し引けという。竹を割ったような性格の工藤さんは、二つ返事で「分かりました」と言った。その即決ぶりに驚いたのは相手の方だった。「あんた、そんなんじゃ直ぐに会社潰れちゃうよ。勉強しないと」と言ったという。

 工藤さんはそれで経営の勉強をするところを自ら探し、弊会のことを知った。牟田 學と出会い、一年八カ月をかけて今の十倍はある分厚い事業発展計画書を作成した。工藤さんの最初の計画書は、自分自身を一冊の本にしたものだった。足りない箇所も、書き過ぎなところも、全て工藤さんそのものだ。

 魂の無い言葉には誰も響かない。社員に響かなければ、お客様には到底響かないだろう。自分自身を渾身の一冊にしてほしい。

※本コラムは2022年4月の繁栄への着眼点を掲載したものです。


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