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ビジネス見聞録

今月のビジネスキーワード「ヘルステック」

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ヘルステックで医療はどのように変わるのか

――ヘルステックが進化すれば医療費は下がっていくのですか?

 いろいろな考え方がありますが、個人的にはヘルステックだけでは大きく下がる方向にはいかないと思っています。

――健康意識が高まれば病気になる人は減るのかと思いましたが…。

 予防医療は非常に難しいんですよ。過去にアメリカで行われた研究(Cohen, Neumann, Weinstein. NEJM. 2008)では、予防医療サービスのうち、本当に病気を予防でき、なおかつコストを下げられるものは全体の2割程度にすぎませんでした。そのほか8割は、予防は出来るけどコストが増えてしまったり、そもそも予防効果がはっきりしないものだということでした。

――ちょっとがっかりですが、どんなものが予防もでき、コストも下げられるのですか。

 代表選手は、いま定期接種として行われているワクチン(予防接種)ですね。このくらい明確に病気の予防に繋がり、なおかつコストも大きくない技術はほとんどないというのが現実です。ヘルステックは病気の予防よりも、今、顕在化しているニーズ、たとえば、睡眠の質を向上させいたとか、痩せたいとか、血圧を下げたいといったニーズを満たすのに適しているのではないかと思っています。

――将来的には医療テックに私たちは何を期待すればいいのでしょうか。

 現在、日本の医療費はものすごく増えてしまい減らす必要があります。コストを下げるためには、二つのポイントがあると思います。一つは入院を減らすこと。二つ目は高度医療のコストを下げること。このうち入院を減らすためには、ヘルステックは活用できると思います。

 例えば、現在は体調をモニタリングするためだけに入院が行われるケースがありますが、遠隔でのセンシング技術が進歩すれば、こうした入院を減らすことで、コストカットに繋がるかもしれない。

――なるほど。

 もう一つ有望なのは精神的ケアの分野ですね。たとえば「認知行動療法」の考え方を取り入れたアプリなどが開発されています。うつや不眠のような精神的な課題の治療には認知行動療法の方が場合によっては薬よりも有効だと示すデータが存在します。

 しかし、人の行動を変えるには日々の細かいコミュニケーションが必要であり、それを医療機関で実施するのは限界もありますし、非効率です。スマホのアプリによって毎日の変化を記録したり、AIとコミュニケーションをとってフィードバックを受けたりすることは、その点の改善に大いに役立つと考えています。

ヘルステックとの付き合い方

――自動的に手術ができるとか、そうした分野は期待できないでしょうか。

 技術はどんどん進歩していますので、将来的にはできないことはないと思います。ただ、そのためには二つの壁を乗り越えなければならない。一つは、AIの教師となるデータをどう集めるか。自動車の自動運転がほぼできるようになったので、手術でもできそうな気がしますが、集まるデータの量がまるで違う。

 車は多くの人が運転しますが、手術の場合は数そのものが限定されていますし、個人差もある。もちろんロボット手術のデータを集めるなどしてAIをトレーニングすることも可能なのでしょうが、すぐには難しいのではないかと感じます。

――そう簡単ではないのですね。

 もう一つは失敗のリスクですね。手術の場合は疾患を治療するのはもちろんですが、何か危ないと思ったら中止するなどの総合的な判断が求められます。そこで失敗が起きたら誰が責任を取るのかという問題もある。まずは倫理観から法律まで、多様な観点からの議論が必要だと思います。

――自宅や外出先等でのモニタリングが盛んになってきた時、合わせて私たちも、ある程度の医療知識を身に着ける必要はあるのでしょうか。

 私の個人的な意見で恐縮なんですが、そこを意識しすぎる必要はないと思います。理由の一つは「一見よさそうに見える技術でも、本当に役立つものはとても少ない」ことです。最近、遺伝子や癌などのジャンルで新しい検査が、どんどん生まれ、その多くがヘルステックを名乗ってます。ところが、大半がそもそも病気の検出につながらない。検出できたとしても治療に結び付かないことが多い。

――画期的検査だと信じていましたが、実際はそんなものなのですか…。

 私はそう考えています。なので、新たなヘルステックに興味を持てばもつほど、健康になろうと試せば試すほど、期待外れのケースが増えていく可能性もあります。むしろ消費者側に求められるのは、「何を取り入れるか」ではなく、「何を取り入れないか」について見抜くことです。

――どのように見抜けばいいのでしょうか。

 3つの方法が考えられます。一つは医療の専門的な知識を猛勉強すること。でも、これは現実問題、かなり難しいですよね。二つ目は、そういう新しいサービスはだいたい役立たないものだと、そもそも利用しないということ。こちらを選択した方がベターなこともあります。

――生兵法はという感じですね。

 そうですね。でもさすがにそれは極端だと感じる方もおられるでしょう。なので第三の選択としては、かかりつけ医やかかりつけ薬剤師など、医療のトレーニングを受けた知り合いを作り、相談するということです。考えてみれば、新しくマンションを買おうというときには、自分でも勉強するかもしれませんが、普通は複数の不動産屋さんに相談しますよね。そして信頼できる担当者と出会えるように試みます。

 なぜなら不動産の世界は、複雑な法律や専門用語、さらには業界の慣習など表には出てこない決まりがあったりするからです。医療も同じです。なので、興味があるなら自分で勉強したり調べたりするのも大事なことと思いますが、少なくとも医療知識のある相談相手を持っておくことは大事だと思います。

――ヘルステックを取り入れるべきかの判断基準はありますか?

 まずはメリットだけでなく、「デメリット」に注意することですね。具体的には、「身体の負担や経済的負担は大きすぎないか」を確認することをお勧めします。もう一つのポイントは、そのヘルステックをやったことで、自分にできることはあるのかを考えてみることですね。

 例えば、最近、遺伝子検査みたいなものが沢山出ていますが、科学的な妥当性もまちまちですし、そもそも「太りやすい体質だ」とか言われても、新たにできることはほとんどない。太り過ぎるのは良くないことであり、ダイエットには「食べ過ぎを減らす」ことが一番だというのはみんな知っていますよね。

――ビジネスとしてはどうでしょう。

 ヘルステックの市場には注目が集まり、お金も集めやすいのですが、有望であることが分かっているセンシングや画像技術はすでに多くの企業が参入し、レッドオーシャンの状態になっていることが少なくない。なので、まずは類似のサービスが乱立していないかを事前にしっかり調べることが重要です。

 一方、例えばスタートアップへの出資を考えるような場合は、それは幻想ではなく本当に人を幸せにできる技術なのか、専門家の意見を聞くなど、まずはよく調べることが重要です。残念ながら、医療の知識が少しあれば「絶対にうまくいかない」と判断できる技術にも関わらず、多くの企業や投資家が出資しているようなケースは実際に存在します。

――消費者としても、ビジネスとしても、ヘルステックを取り入れるためには多様な面から検討する必要があるのですね。本日はありがとうございました。(聞き手/カデナクリエイト 竹内三保子)

市川 衛(いちかわ まもる)
READYFOR㈱ 基金開発・公共政策責任者、広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)、㈳メディカルジャーナリズム勉強会 代表、インパクトスタートアップ協会 事務局長などを兼務。2000年、東京大学医学部健康科学・看護学科卒業後、NHK入局。医療・健康分野を中心に国際的に取材活動を展開。2016年スタンフォード大学客員研究員を経て、2020年にNHKを退職。“医療の翻訳家” として、メディア発信や大学教員、団体運営などの取り組みを通じ、医療・健康・いのちに関わる情報をわかりやすく、役に立つ形で発信。

 

ビジネス見聞録WEB10月号 目次
p1 収録の現場から 〈新将命の「社長塾」音声講座〉 
p2 講師インタビュー【爆発的な利益《利益爆発》を生み出す社長の姿勢】平美都江氏 
p3 今月のビジネスキーワード「ヘルステック」
p4 令和女子の消費とトレンド「令和のベビー市場はなぜ堅調?②」
p5 展示会の見せ方・次の見どころ

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