人生100年時代。定年は引き上げられ、70歳代でも、80歳代でも労働力として期待されるようになってきました。高齢になっても活躍できる場は広がっていますが、そのためには何よりも健康であることが大切です。企業も個人も健康に対する関心が高まっています。
一方で、テクノロジーの進化は目覚ましく、さまざまな医療やサービスが誕生しています。ヘルステックは私たちにどんな未来をもたらしてくれるのでしょうか。“医療の翻訳家”として医療・健康などに関する情報を分かりやすく解説する市川衛さんにお伺いしました。
ヘルステックが注目される背景
――最近、ヘルステックという言葉をよく聞きますが、「こういう技術がヘルステックに当たる」といった定義のようなものはありますか?
明確な定義はないと考えていいと思います。私が認識している限りですが、「ヘルステック」は、医療用語ではなく一般的な用語として使われているもので、いわゆる医療や健康に関する技術、なかでもデジタル・テクノロジーを活用したもの全般を指していることが多いようです。
――一般用語として広がるほど「ヘルステック」に注目が集まっている背景には、どんなことがあるのでしょうか。
まず大きな流れとして、慢性疾患が主要な健康課題となっていることがあります。昔は大きな死因となっていた、結核を中心とした感染症の多くが克服され、いま主要な死因はがんや脳卒中・心不全などです。その背景にある、高血圧や糖尿病のような、いわゆる生活習慣病と言われる非感染性の疾患がクローズアップされています。
――なるほど。対象とする病気が、感染症とは違う性質の病気に変わってきたことがポイントなのですね。
ご案内のように生活習慣病は薬だけで治るものではありません。日々の生活や食べるものや運動など日々の生活にアプローチする必要があるので、クリニックや病院で行われる取組みだけでは解決できない。そこで、日常生活において血圧や血糖値を測定できる技術などが注目されるようになりました。
もう一つは技術の進歩です。影響が大きいのは、画像およびセンシングの技術の発達ですね。たとえば昔は写真1枚とるにも、高画質なものは専門性のあるメーカーが作る巨大な装置を買う必要があった。しかし、現在はスマホのカメラなどの精度も上がり、画像を撮ることは非常に簡単になりました。また、血圧や心拍数など健康管理機能がついたスマートウォッチなどの進歩もあるでしょう。
モニタリングのための入院が不要になる
――健康管理機能の進歩によって、どのようなメリットがあるのでしょうか。
まず検査が簡単になります。たとえば、少し前までは心拍を24時間図る必要がある時にはホルダー型心電図という大きな器具をつけて寝なければいけなかったし、睡眠の状態をチェックするためには、わざわざ入院して脳波や体位などを調べる機械を付けて寝る必要がありました。
しかし、現在は、簡易ではありますが、スマートウォッチなどを使って、自宅で睡眠の状態を簡単にチェックできるようになっています
――検査が簡単になるということは、毎日でもデータを取れるようになるというわけですね。
それを分析することで、もしくはフィードバックすることで、患者さんの生活を改善できれば、前述したように診察室の中だけでは難しかった健康課題を解決できるかもしれない。そこにAIが加わったことでデータ解析も容易、より精緻な形で実現できるようになってきた。
このようにして注目度が高まっているのが現状だと感じています。
――何年くらい前からヘルステックが注目されるようになったのでしょうか。
ヘルステックを「健康や医療に関わるデジタル・テクノロジーを用いた技術」と定義するのであれば、スマホやスマートウォッチが一般的になってきた10~15年ほど前からだと考えています。
――ヘルステックの発展を中心で牽引してきたのは、どの業界でしょうか。
一言で言うのは難しいですね。ヘルステックをどう捉えるかによるかと思うのですが…。最近注目されている、アプリやスマートウォッチを用いた認知行動療法や生活習慣・服薬の改善指導アプリなどでいえば、アメリカを中心に生まれたスタートアップ・エコシステムがそのけん引役と言って良いと思います。
医療者が現場で見つけた課題感などをもとに、デジタル技術に精通したエンジニアや、経営やマーケティングなどの専門性を持つ人たちがスタートアップを作り、投資家から多額の出資を受けて一気にサービスを開発し、有望なものはその後、臨床試験などにつなげていく。こうした形での開発がうまくいきそうだ、ということがわかってきて、ヘルステックの業界が一気に拡大しました。それが今、日本にも広がってきたのだといえるでしょう。 次のページヘルステックで医療はどのように変わるのか
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