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交渉力を備えよ(18) 筋を通して実利を取る

指導者たる者かくあるべし

 中国国民政府軍事委員長の蒋介石が西安で拘束、監禁された事件の解決に向けて、現地に向かった中国共産党ナンバー2の周恩来(後の首相)には明確な目標があった。

 蒋介石の政治指導方針を、共産党討滅から、国民一致しての抗日に舵を切り替えさせることであった。

 当時、国民政府軍に追い込まれて、苦難の長征を強いられ青息吐息の共産党内には、「蒋介石を許さない」との論が高まっていた。

 国民政府内の“クーデター”発生は寝耳に水ではあったが、「蒋介石を人民裁判にかけて葬り去るチャンス」と捉える主張だ。

 周恩来は、気にかかる情報を入手していた。国際共産主義運動の盟主であるソ連のスターリンが、「蒋介石釈放に尽力せよ。さもないと中国共産党と絶縁する」と毛沢東に電報で指示し、毛沢東が「どういうことか、だれが味方か」と激怒しているという動きだ。

 「このままでは、中国共産党はソ連から見放され潰されてしまう」。周恩来は危機感を持った。そして現実的選択に向けて動く。

 周は、まず張学良に会う。

 張学良は力説した。「蒋介石が内戦停止、国民一致しての抗日に踏み切れば、蒋介石を釈放する。さらに蒋を全中国の指導者として支持、擁護するつもりだ」。

 張の本音を確認するや、周は深く頷き、ひとこと「同意する」と賛意を表明する。事件勃発四日後のことだった。

 あとは蒋介石本人をいかに説得するかだ。

 同夜、周恩来は共産党中央に交渉の成り行きを伝える緊急電を発信する。「蒋介石に会えれば、身の安全を保証すると返答するが、もし南京政府が兵を動かし内戦を続けるならば、身の安全は望めない、と声明する」。

 慎重な表現は、党内の「蒋抹殺論」を配慮してのことだ。

 周恩来は、続いて、西安市内にいる共産党シンパの過激派たちに対して、「共産党の指導力の拡大を図るためにも蒋介石の権威を生かす。それが最善の策だ」と、説得を続けた。

 筋を通して、現実の利得を取る。その考えで周の行動は一貫していた。

 一方の国民政府は、情報不足から混乱を極めた。「蒋委員長が生きていようと、すでに亡くなっていようと張学良の討伐が優先されるべきだ」と決定し、洛陽近郊に駐屯する中央軍を西安に向けて進撃させる。

 いまだ、だれを交渉のため西安へ送るかも決められないでいた。 (この項、次回に続く)

 
 
※参考文献
『西安事変前後―「塞上行」1936年中国』范長江著 松枝茂夫、岸田五郎訳 筑摩書房
『蒋介石』保阪正康著 文春新書
『張学良はなぜ西安事変に走ったか―東アジアを揺るがした二週間』岸田五郎著 中公新書
『周恩来秘録(上・下)党機密文書は語る』高文謙著 上村幸治訳 文春文庫
 
 
 
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  著者/宇惠一郎 ueichi@nifty.com 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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