menu

経営者のための最新情報

実務家・専門家
”声””文字”のコラムを毎週更新!

文字の大きさ

マネジメント

逆転の発想(22) 需要がなければ作り出せ(阪急グループ創業者・小林一三)

指導者たる者かくあるべし

 無人の田園こそ宝の山
 民営電鉄会社といえば、郊外に遊園地をもち、沿線の住宅を開発して分譲し、始発都市部のターミナル駅にデパートを経営する。今でこそ当たり前の風景だが、この複合経営方式を生み出したのは、大阪北郊を走る「将来性ゼロ」の鉄道会社の立ち上げを明治40年代に一人で引き受けた小林一三の天才的な逆転の発想だった。
 
 慶應義塾を卒業後、東京で銀行、商社を渡り歩いた小林は、大阪・北浜で日本初の証券会社の設立に動いたが、不況で頓挫し、34歳で箕面有馬電気鉄道(現阪急電鉄)の創設に身を投じた。大阪の財界が大阪梅田と宝塚・箕面の行楽地を結ぶ2路線の認可を受けていたが、都市間路線でもなく乗客・貨物の輸送需要は見込めず、早晩の破綻を誰もが予測し、当然引き受け手はいなかった。
 
 小林も計画路線の沿線を歩いてみた。見渡す限りの農村地帯である。常人なら「これは無理」と見切りをつけて投げ出すところだ。しかし彼は違った。
 
 「沿線の地価は大阪都心と違って格段に安い、一坪1円でこれを買い、宅地とすれば3.5円で売れて経営資金を生み出せる」
 
 〈乗客は電車が創造する〉。その後の彼の口癖だ。彼には無人の田園路線こそ宝の山に見えたのだ。
 
 時代を先取りした大衆像に訴える
 当時の大阪人の理想は、職場に近い市内に住むことだった。彼らを通勤に不便な郊外に住まわせるにはどうすればいいか。小林には近い将来、〈学歴はあるがインテリではない〉〈洋風生活に憧れるが金はない〉という、その後の中産層として日本を支えるサラリーマンたちが大量に生まれることを予見していた。そこに訴える。
 
 〈大阪市内は空気も汚い。街中の長屋は狭くて不潔だ。ゆったりとした郊外での生活は素晴らしい、理想の住まいがここにある〉。手始めに梅田から45分の距離の池田駅周辺の分譲パンフレットに檄文をしたためた。
 
 間取りも畳部屋はつくらず、すべて洋間にした。庭のスペースもとった。これが売れた。明治43年のことだが、〈大衆〉は、ちょっと高級イメージのそれを待ち望んでいたのだ。分譲地開発は、豊中、桜井へと広がりを見せ、時が経つにつれ、思惑通りに乗客は増えていく。
 
 温泉保養地であった終着駅の宝塚には温水室内プールを作り、支線の終点である箕面には動物園を作り、休日の行楽の拠点とし集客を図った。時代を先取りしすぎたのか室内プールは失敗したが、ただでは転ばない。大衆の演劇志向を見抜いて少女歌劇団を創設し、プールをそのための大劇場に作りかえた。ちょっとモダンで肩の凝らない大衆演劇。小林の発想は常に大衆の望むものを見据えていた。宝塚少女歌劇のキャッチフレーズは、〈清く、正しく、美しく〉。これも大衆が非日常に求める憧れにマッチした。その流れで映画(東宝)にも進出する。
 
 より良く、より安く、より多数の人に
 当時の百貨店は、大阪でも東京でも市街地にあり、商家の金持ち階級の御用達のようなものだった。少ない顧客に送迎など手厚くサービスするが、大衆には少々値が張った。
 
 小林は、ここでも、「より良いものを、より安く、より多数の人に」提供できるはずだと踏んだ。〈これまでの百貨店では、客数は一日5−8万人だ。阪急電車の梅田ターミナルの乗降客は一日15−16万人〉。梅田に百貨店を併設すれば、多くを仕入れて同じ品物でも安く売れる。駅に直結だから無駄な送迎も省ける。これがターミナル百貨店の草分けとなる。
 
 家族で楽しめる食堂も併設する。大量に安くおいしいものを提供するために、和食を排して、カレーライス、オムライスを売りにした。これが大衆に受けて、その後の日本人の家庭食の好みを変えた。そうなればカレーの缶詰も食料品売り場で売れる。
 
 小林の軟らか頭の発想は、常に大衆による、大衆のために、大衆のものとしてあった。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『逸翁自叙伝』小林一三著 講談社学術文庫

逆転の発想(21) 現場と司令部の力学(スターリンとヒトラー)前のページ

逆転の発想(23) 新人の経験は邪魔(阪急グループ創業者・小林一三)次のページ

関連記事

  1. 交渉力を備えよ(43) 今しかないタイミングを逃すな

  2. 万物流転する世を生き抜く(31) 義経、勝利が悲劇の始まり

  3. 決断と実行(8)「夢の超特急」を走らせた執念<有法子=不屈の精神>

最新の経営コラム

  1. #1 一流の〈ビジネス会食力〉-前始末で勝負あり-

  2. 第48回 「未来への投資」は数字の外にある

  3. 第212回 税務調査にひるむな!

ランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  7. 7
  8. 8
  9. 9
  10. 10

新着情報メール

日本経営合理化協会では経営コラムや教材の最新情報をいち早くお届けするメールマガジンを発信しております。ご希望の方は下記よりご登録下さい。

emailメールマガジン登録する

新着情報

  1. 社長業

    Vol.47 社内力学が市場力学に勝つと・・・
  2. マネジメント

    第275回 中小企業がDXを成功させるために必要な1つのこと
  3. マネジメント

    第20回 社員の幸せを考えるブレない経営とは?~事例:ディズニー
  4. 経済・株式・資産

    第69回「伝統産業とは思えないスピード経営が強み」やまみ
  5. 社長業

    Vol.19 まだ未着手であれば、自分の目と足で中国に触れてみること
keyboard_arrow_up