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交渉力を備えよ(35) 責任は私がとる

指導者たる者かくあるべし

 米国にニクソン大統領が登場して以来、三年間にわたって難航を続けてきた日米繊維交渉の糸はもつれにもつれていた。

 しかし、通産大臣として解決を任された田中角栄は、残された時間が少ないことを意識していた。

 背景にはこの時期の、激動ともいうべき国際政治の奔流があった。

 政治、経済両面にわたる戦後体制の組み換えである。ニクソンはそれを強引に推し進めようとしていた。

 まず、田中が通産相に就任した二日後の1971年7月7日、ニクソン大統領の中国訪問計画が電撃発表された。

 翌月の終戦記念日には、ホワイトハウスはドル防衛策を発表し、日本の復興を支えた1ドル=360円という固定相場制は崩壊に向かう。

 いずれも、新時代に向かう国際社会で“強いアメリカ”の主導権を確保しようという壮大な枠組みの中での動きである。

 日本の繊維産業を守るという狭い視野での発想では対処できないことを田中は読みきっていた。

 「繊維問題でもいずれ日本側が譲歩せざるを得ない、しかし…」と田中は思案した。

 第二次大戦で産業基盤をすべて失った日本を支えてきたのは繊維産業の輸出競争力であった。

 全国に中小の“機(はた)屋”が展開する基幹産業だ。生産調整、輸出規制で米国に押し切られれば、各地の繊維業界は雪崩をうって倒産する。不満は政権に向かうだろう。

 一方で総理・佐藤栄作は、戦後、米国の施政権下に置かれた沖縄の返還を政権最大の課題として取り組んでいた。沖縄返還と繊維交渉での譲歩がセットとなってしまっていた。

 「繊維交渉の妥結を急がないと沖縄返還は遠のく」。佐藤の焦りはそこにあった。

 しかし通産官僚は当然、業界の利益を代表し、妥協、譲歩の動きをつぶしにかかる。

 「どうにも官僚は御しがたい」と、運輸次官経験もある官僚出身の佐藤はこのころ側近に漏らしている。

 さて、官僚出身でもない田中は早速、「アメリカの被害主張には根拠がない」とこだわる通産省幹部たちに極秘に命じる。

 「スジ論だけではダメだ。米国に向けて主張はするが、国内繊維産業への影響は覚悟する必要がある。損害補償の予算措置を準備する。金額を計算しろ」

 「それでは業界が」とたじろぐ幹部たちに田中は一言。「かまわん、責任は私がとる」。

 人間ブルドーザーを先頭に極秘プロジェクトは動き出した。  (この項、次回に続く)

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※    参考文献

『早坂茂三の「田中角栄」回想録』早坂茂三著 小学館
『田中角栄 頂点をきわめた男の物語―オヤジとわたし』早坂茂三著 PHP文庫
『田中角栄の資源戦争』山岡淳一郎著 草思社文庫
『日米貿易摩擦―対立と協調の構図』金川徹著 啓文社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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