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老舗「徳川商店」永続の秘密(3) 三代目の変身(徳川家光)

指導者たる者かくあるべし

 三代目が企業永続への分かれ道

 大阪の商家では、昔から「三代目は身上(しんしょう)をつぶす」と言って戒めている。初代は、苦労してゼロから事業を立ち上げ、その背中を見て育つ二代目は親の教えを守ってさらに事業を発展させ、苦労知らずに育った三代目は趣味と遊びに走って店を破産させる。すべてがそうだというわけではなく、そういう傾向があるのでご注意をという格言である。逆に言えば、三代目こそしっかりすれば、その店は「永続企業の道が開ける」との前向きの教えでもある。
 江戸幕府を開いた徳川家においても同様の危機を経験している。創業者である家康は、三河の小さな領主(小企業)に過ぎなかった松平家を、今川、織田という大大名家の下請けともいうべき中小企業を経て、ついには全国一の大企業に育て上げた。二代目社長の秀忠は、実権を手放さない創業者会長のもとで名ばかりの社長としての屈辱に耐えて、父の経営手法を学び発展させた。さて、企業永続への道は、三代目・家光(いえみつ)にかかっていた。

 生まれながらのわがまま将軍

 秀忠の二男として家光が生まれたのは、1604年。祖父である家康が征夷大将軍となり幕府を開いた翌年である。長男はすでに夭逝していた。明くる年には、将軍職は父・秀忠に譲られている。家康は、天下に君臨する将軍職の徳川家世襲を目指して、生まれたばかりの家光に、自らの幼名である「竹千代」を名乗らせ、「三代目」であることを天下に示した。
 家光は、生まれながらにして将軍の地位が約束されていたから怖いものはない。帝王教育を施そうにも、書物を嫌い、武道の稽古にも身が入らない。挙げくの果てには、商家三代目によくあるように、十歳の頃から趣味の踊りに溺れる毎日。おもり役の青山忠俊(あおやま・ただとし)が諫めても聞く耳を持たない。
 手に余した秀忠は、二歳下の忠長(ただなが)に期待をかけて後継者をすげ替える算段もしたが、家康が激怒し許さない。「正当な相続者がいながらすげ替えるのは混乱を招く」というのが家康の考えで、家康死後、遺言に基づいて家光は二十歳で将軍職に就く。
 秀忠が、徳川商店の会長(大御所)として君臨しているが、乳母の春日局(かすがのつぼね)が後見役として権力を振るい、大御所との間に割って入る。こうなると家光のわがままには歯止めがかからない。口うるさい守り役の青山忠俊を地方に追いやり、やがて領地を没収し、閉居を命じられた忠俊は病没する。
 さらに、弟の忠長も甲府で蟄居を命じられて病死した。形の上では、大御所・秀忠の命であるが、一時は権力を争った家光が描いたライバル殺しの筋書きだろう。
 目の上のたんこぶ的な存在だった秀忠が没した後は、加藤清正の流れである肥後の加藤家内のごたごたに介入して同家の改易を断行して、「大名存廃の権力はわれにあり」を誇示したが、改易の合理的理由は見当たらない。

 寛永の大飢饉が家光を変えた

 家光治世下の寛永19年から20年にかけて(1642〜43年)、全国的規模で未曾有の飢饉が襲った(寛永の大飢饉)。畿内、西日本では大旱魃(かんばつ)、関東から東北地方では長雨とそれに続く洪水、霜害、冷害に見舞われた。米の収穫は平均して半減し、農村は年貢を納めるどころか、日々の飯米にこと欠くようになり、江戸の都市生活者の間でも餓死者が相次いだ。経済体制が完全に瓦解する危機を迎える。
 家光は、惨状を目の当たりにして、全国に触れ書きを出す。
 〈諸国在々所々、田畠あれざるように、精を入れ耕作すべし〉
 これは画期的なことだった。幕府が全国を統治するようになったとはいえ、実態は300近い大名による地方分権体制である。農地管理、年貢の収納は各藩の権限で、幕府は、その上に乗った間接統治制度だ。それを家光は、全国を一つの経済組織体と見て、幕府が地方地方の農民に対して直接指示することで、幕府が各大名の支配権を飛び越えた全国の政治・経済支配者であることを明確にしたことになる。
 もちろん実行が伴わなければ、全国統治意思を表明する意味がない。家光は自らの代になって整備した老中、奉行、代官という官僚制度を通して、全国の大名、領主に対して、倹約を率先して行うように指示した。また、参勤交代を中止させ、非生産民が集まる江戸に対して、各地の米を運ぶことなど各種の対策を命じている。
 家光の時代、全国の農民に向けた営農、勧農の指導は微に入り細にわたっている。
 〈雑草をよく取り、田畑の境には大豆や小豆などを植え、朝は草を刈り、昼は田畑の耕作にかかり、晩には縄をない、俵を編み、男は作を稼ぎ、女房は機織りをして夜なべして夫婦ともに稼ぐように(云々)〉
 幕府が年貢の減収を恐れたため、と言えば、それだけのことであるが、家光は、飢饉に遭遇することで、徳川という商店を経営することはどういうことかを身で覚え、制度化していく。
 飢饉が、力と権威による全国の政治統治に向かっていた家光の関心のベクトルを、現実の民衆の上にある社会・経済統治の方向へと変えた。
 少し大げさにいうならば、この方向性は、江戸時代末まで続く幕府の統治イデオロギーとなる。三代目家光は、その路線を敷いた。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『徳川三代99の謎』森本繁著 P H P文庫

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