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マネジメント

危機への対処術(15) 軍人の本分(鈴木貫太郎)

指導者たる者かくあるべし

 二・二六事件

 最後の戦中内閣の首相として太平洋戦争を終戦に導いた鈴木貫太郎は、侍従長時代に遭遇した二・二六事件で九死に一生を得ている。


 1936年(昭和11年)2月26日未明、国家改造を狙って決起した陸軍青年将校たちが率いる反乱部隊の一つが侍従長官邸に乱入した。飛び起きた鈴木は、下士官らに取り囲まれる。「こんなことをするには理由があるだろう。理由を聞かせろ」と気丈に問いかける鈴木に、「時間がない」とはやる下士官の拳銃から放たれた銃弾数発を浴びる。最初の一発は股間に、続いて心臓部に、さらに眉間から左耳あたりに抜けた銃創が致命傷となると思われた、倒れた鈴木の周りは血の海となった。


 遅れて部屋に入った部隊指揮官の安藤輝三(あんどう・てるぞう=大尉)に下士官たちは、「トドメを刺しましょうか」と尋ねたが、安藤は、「トドメは残酷だからやめておけ」と制して「閣下に対して敬礼、捧げ銃」と号令し部隊は引き上げた。緊急手術と輸血で鈴木は奇跡の生還を果たす。傷の深さを見た安藤がトドメを刺すまでもないと見たのかというと、それだけではなかった。

 

 事前に安藤大尉を諭す

 鈴木と安藤の間には浅からぬ縁があった。事件の二年前、安藤は民間の知人二人とともに侍従長官邸を訪問している。当時、不況が世をおおい、東北地方では凶作が続く。農民たちは飢餓にあえぎ若い娘たちは都会に売られた。一方で政治は、政争を繰り返し機能が停止している。陸軍の若手将校たちの目には、政治家は、財閥と結託して私腹を肥やすばかりと見えた。彼らの間には、腐敗した政治を打破するために軍が決起し、天皇を担いで親政による改革刷新を目指すという思想潮流が広がっていた。安藤もそれを支持している。


 鈴木は、海軍の現場作戦指揮のトップである軍令部長を勤め上げ、請われて天皇側近の侍従長、枢密顧問官に就いている。安藤にしてみれば、天皇の考えを探る狙いもあったのだろう。侍従長の立場から、若手将校と会う義理などない。しかし鈴木はむげに対面を拒否はしない。若手将校の本音を聞いてみたいという気持ちもあったのだろう。


 安藤は勢い込んで、国家革新の持論を説明した。じっくりと聞いた鈴木は、軍人が政治革新に関わることの愚を具体的に説いて安藤を諭した。

 

 軍人と政治

 鈴木が回想する説得の内容は、軍人としての彼の政治観をよく示している。


 「軍備は国家防衛のためにあるもので、それを国内政治に使うことは間違っている。政治というものは、(非効率に見えようが)甲乙丙丁、違った意見を持つものでそれを論議して中庸に落ち着くことが政治の要道である。しかるに武力をもって論議することになれば、戦国時代と同じになる」


 「君は、兵士は農村出身者が多く、農村が疲弊しているから、疲弊した兵士では外国の侵略と戦えないという。それは過ちである。フランス革命では、革命の波及を恐れた周辺国がフランスに兵を差し向けたが、国民は、苦しい中でも立ち上がり国境を固め祖国を守り抜いた。祖国愛こそが国を守る」


 30分の面接時間の約束だったが、フランス革命史にまで及んだ話し合いは3時間に及んだ。安藤は、「話を聞いてさっぱりしました。仲間たちにもよく話して聞かせます」と言って帰ったという。しかし、青年将校たちは、この頃すでに決起の覚悟を固めていた。安藤による仲間の説得は裏目に出て、「安藤は動揺している」とみなされ、一時計画から外された。


 安藤は決起が失敗に終わり天皇から反乱軍の烙印を押されると絶望して拳銃自殺を試みたが、止められ、のちに死刑となる。


 鈴木は自伝で安藤について、襲撃された恨みは捨てて、「誠に立派な惜しいというよりも、むしろ可愛い青年将校であった。間違った思想の犠牲になったのは気の毒千万に思う」と書いている。


 その後に訪れる終戦の決断は鈴木にとり政治家としての一大決心だったが、底にあるのは、軍人としての律儀なほどの祖国愛だったのに違いない。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『鈴木貫太郎自伝』鈴木一編 時事通信社
『近代日本のリーダーシップ』戸部良一編 千倉書房

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