労働党、再国有化を宣言
2024年7月の総選挙で、野党の労働党が勝利し、政権交代が起きると、運輸大臣のルイーズ・ヘイグは、事実上の再国有化案ともいえる「鉄道の大規模な改革計画」を発表した。1994年から「上下分離式」で進められてきた分割民営化の30年ぶりの根本的な見直しだ。
赤字削減と経営効率化を目指して保守党が目指した競争原理に基づく立て直しは失敗した。失敗に至る最大の要因は、インフラ分野と運営(運行)分野を上下に分割したことによって、効率的な設備投資が阻害され、運行がダイヤ通りに進まないことにあった。路線・地域ごとに参入した運行会社は、「遅延、混雑の要因は、われわれの責任でなく、インフラ整備の遅れにある」として責任を回避しようとしてきた。インフラの整備と補修を担当する「ネットワーク・レール」社は、国(運輸省)の近代化計画の遅れに原因があるとしてきた。
分割民営化が硬直化した鉄道経営に知恵と工夫を生むどころか、経営計画の一元化を損ない、無責任体制につながったのだ。
2015年には、インフラ会社のネットワークレールと運輸省、鉄道・道路規制庁の間の調整不足からネットワークレールのインフラ整備5か年計画が中断され、英国鉄道は機能不全に陥った。2018年のダイヤ改正では、運輸省が示したダイヤ通りの運行ができない事態も招いている。
過渡期の複雑な体制
保守党政権も、この非効率性を改めるために、上下分離とフランチャイズ制を廃止する改革案を策定したが、具体的に着手できないでいた。
労働党政権案では、将来的には、英国鉄道の包括的経営組織として公共企業体の「大英国鉄道」(グレート・ブリティッシュ・レールウエイ=G B R)を設立し、経営の一元化を目指す。なんのことはない。1994年以前の国鉄時代に戻そうということだ。
当面は、ネットワークレールの機能を運輸省のもとにおいて仮のG B Rとして、「線路と列車を再び一元管理する」としている。移行の目処がつけば、G B Rが発足する。
G B Rは、旧ネットワーク・レールと同じく、線路設備の使用権を運行会社に貸し出して利用料を取るが、運賃収入は運行会社に入らず、G B Rの収入となる。運行会社は、G B Rと旅客サービス契約を結びその対価を得るという単なるサービス請負会社となる。営業収入(運賃)という収入源に関して自主性のないフランチャイズ契約で参入する魅力を投資家が見出せるかどうか不透明だ。サービス向上へのインセンティブにも欠ける。
道険しい鉄道再建
鉄道という経営体は、製鉄業と並んで近代国家の基幹産業として発展してきた。その一方で鉄道事業は公共サービス提供という性格も帯びている。それ故に多くの国では未だ国有、国営の運営形態を守っている。
民営化に動いた英国鉄道は、一時、旅客数も伸び順調かと思われたが、フランチャイズ運行会社の経営を最終的に圧迫したのは、コロナ禍での旅客数の急激な落ち込みだった。
ひるがえって日本の鉄道民営化を考えてみる。地域分割したJ R7社体制は、コロナ危機も乗り切り、一応成功したかに見える。新幹線収入が順調な本州3社はそうだろう。J R九州。J R貨物もなんとか健闘している。だが、過疎地の路線を多く抱えるJ R四国、北海道は、経営収支が悪化の一途をたどっている。
いずれ、英国鉄道の二の舞を踏まないとも言えない。鉄道維持と国費投入に関して話題となる日も遠くないかもしれない。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考資料
『折れたレール イギリス国鉄民営化の失敗』クリスチャン・ウルマー著 ウェッジ社