多 くの企業が毎年4月に①給与規定に定められた定期昇給と②その年の企業業績や物価動向等を考慮し、妥当な金額を現給与に上乗せするベースアップを同時に実 施します。この①と②を併せて「賃上げ」と表現されることが多いのですが、定期昇給(定昇)とベースアップ(ベア)は役割が違います。
「企業として生き残れるかの瀬戸際です。今年は定昇であれベアであれ、賃上げなど考えられません。春闘とか賃上げなんて大企業の話です」。あ る社長が真顔でおっしゃいました。
確かに今年の物価は安定していますから、ベースアップについては据え置きでも良いでしょう。しかし、厳しい中であっても、いい仕事を続けてい る社員の評価にふさわしい定期昇給まで止めてライバル企業に勝てるでしょうか。
「わが社の実情を話せば、毎週金曜日を休みにして、緊急雇用安定助成金をもらっています。しかしいつまでももらえるものでないと覚悟はしてい ます。そのときの備えとして、社員のモチベーションを下げることなく、合法的に総額人件費を抑える方法はないものか、日夜考えているのです。やがて来る回 復期を考えればこれ以上社員を減らすこともできません。良い方法があれば教えて欲しいのですが」。と社長は苦しい事情を話されました。
不況だと言っても、社員のチベーションを高水準に保つためには仕事力の評価は不可欠であり、報われたと実感してもらうためにも、実力昇給につ いては理にかなった賃金制度を信頼して、ルールどおりに実施すべきです。
しかし、これでは押し問答であり、解決策にはなりません。納得のいく解決策はないものか。そこで解決の糸口を探るべく。社長にお聞きしまし た。
「御社の就業規則に定められた就業時間は始業8時30分から終業17時30分であり、休憩は12時から13時でしたね。つまり給料の根拠とな る所定内勤務は1日8時間であり、週労働時間は40時間だと計算できる」。この確認内容に、総額人件費を抑えるヒントがあることに皆さんはお気付でしょう か。
「重ねてお伺いしますが、毎週金曜日を休業としているとのこと。現在の週労働時間は一日8時間掛ける4日ですから週32時間であり、金曜1日 分は助成金を活用して給与額の6割を休業補償している。今は最悪の事態から少しずつ回復してきているものの、ここ当分は残業しなければ間に合わないと言う ほどではない。やがて来る回復期を考えればこれ以上社員を減らすこともいかない」。社長はおおきくうなずかれました。そこで以下のような案を提案しまし た。
「従業員との相互理解と同意が前提ですが、緊急対応型ワークシェアリングという方向があります。相互理解のために定期昇給はルールどおり実施 した上で就業時間を暫定的に変更し、短縮した所定内労働に見合う給与を支給します」。
例えば就業時間を始業8時30分を8時45分に変更し、終業17時30分を17時15分とすれば、就業時間は7時間30分となり、1日の労働 時間は30分短縮されます。月を単位とする所定内給与は約10時間分短縮となり、ノーワークノーペイですからその分節約できることになり、他の方法より大 きな人件費の削減効果が期待できます。これが緊急対応型ワークシェアリングです。
より詳しくは3月の賃金実務セミナーでお話したいと思います。
賃金管理研究所 所長
弥富拓海