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人間学・古典

第38回「茶道の入り口」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 既に「茶道」を嗜んでおられる方もあるだろうし、それぞれの御流儀での違いもあり、専門的な技術的な話をするのが今回の目的ではない。「茶道」が日本の歴史にもたらした「精神性」と現代の感覚を、門外漢の視点で無知を武器に遠慮なく書いてみようと思う。この辺り、専門的な知識はご寛容に願えれば幸いである。

 

 安土桃山時代に「わび茶」を大成させたとして知られる千利休(1522~1591)。最期は豊臣秀吉に切腹を命ぜられるが、その理由は謎のままで、小説や映画などの題材にもなっている。

 

 私のような素人には、茶室へ入る前から始まっている振る舞いや多くの作法、茶道具などに関する膨大な知識に辟易する一方で、利休は「茶はただ喫すべし」とも述べている。作法など無視して自分の思うように、とは現代の茶室でももてなす亭主の言葉にあるが、すでに緊張の極限にあるこちらは、「自由に」など飲めず脂汗をかくことしきり、まるで落語の中の人物のようだ。

 

 織田信長をはじめ豊臣秀吉らが「天下布武」を目標に群雄割拠の時代の中で、当時の文化・経済の中心地であった大坂(江戸期の表記に従う)で、武器も権力も持たぬ商人の身で、武力に対してインテリジェンスで闘った千利休の感覚、それを見事に活かし名だたる武将と渡り合った生涯は瞠目に値する。それが、自らの出自に異様なまでのコンプレックスを抱いていた秀吉には面白くなかったことは容易に想像が付く。刀剣など即座に相手を制する武器を持たずに、「徒手空拳」とも言える姿勢で形のない「知識」や「見識」で一流の地位を築いた利休の姿は、目先の数字や数値化されるものだけに追われて心を貧しくしがちな現代の我々に教えるものは大きい。

 

 茶人としての利休が、のちの茶道に遺した思想や形式は莫大なものがあり、だからこそ現在もその名がすたれずに大きな地位を持っているのだが、茶室の入り口の小さな空間「躙り(にじ)口」を用いたことは、その精神の矜持の現われであろう。50センチ四方程度の入り口から入るには、武士は刀を身から離し、どんなに高貴な身分であろうが等しく頭を下げなくては茶室の空間に入ることはできない。一服の茶を喫する茶事の前では身分も地位も権力も関係なく、一人の人間として平等であるという発想は、階級制度が厳然としていた社会の中で、優位に立つ人々からは反発の対象にもなったであろう。しかし、利休はそれらをインテリジェンスで抑え込んだのだとも言える。

 

 ここに、「茶道」という日本で多く使われる「道」の文字の意味があると私は考える。「武士道」「歌道」「相撲道」「華道」「芸道」…。スポーツや芸術に対する上での哲学、その表現の一つが「道」だ。「茶道」の言葉を発明したのが誰かは寡聞にして知らないが、利休以前はとかく華美に傾きがちだった茶の世界において、精神性の高いシンプルな「わび茶」を編み出したことが利休の天才的なところだ。

 

 「侘び」と「寂び」はセットで語られるケースが多く、その解釈も様々で誰もが納得のゆく説明は難しい。参考までに辞書を引くと、「侘び」は「わびしいこと。寂びた風情」とあり、「寂び」は「寂しいこと」とあり、説明になっていない。尤も、この二つの言葉を簡単に説明などできるはずはなく、情景や光景だけではなく、精神性を多分に含んだ言葉で、その解釈はいかようにもできる。この「いかようにも」は、一見いい加減のようでありながらも茶道の中にある自由な精神を象徴しているようにも思える。それだけ奥の深いものであり、だからこそ「道」として位置づけられているのだろう。

 

 忙しい時代にあり、「茶道」の形式も椅子に腰掛けて行えるように簡略化もされているが、私に茶道を勧める資格も知識もない。今回は「茶道」を引き合いに出したが、「武力」や「権力」に対し「インテリジェンス」で対抗した千利休の感覚は、現代にも通底し、教えられるところもあるはずだ。ビジネスの相手だけに限らず、さまざまな人付き合いの中で、自分よりも遥かに優れ、完璧ではないかと思う人がいる。

 

 しかし、完璧な人間などいるわけはなく、丹念に相手を見てゆけば、相手にはなくとも自分が携えている「武器」が必ずあるのではないだろうか。もちろん、それは相手やシーンにより違うだろう。しかし、自分がとても敵わないと思う相手に対し、どこかで対抗できる部分、活路を見出すことはことビジネスだけではなく、人間関係でも重要だ。喧嘩をするわけではないから、何が何でも相手より優位に立つ必要はない。ただ、自分より優位な相手に対する時に、そうした考え方で臨むこともまた、一つの方法論だと考えられる。決して相手の粗さがしに終始するのではなく、それぞれの得意、不得意を見極めて相手と接することは「思いやり」にもつながるはずだ。茶席で客を招き、もてなす立場を「亭主」と呼ぶ。招く人数はそう多くはないが、人数に関係なく、隅々までの心配りが豊かな時間を生む。この一点だけでも、学べることが多いのではなかろうか。

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