「カンテサンス」(東京・白金台)
通称“プラチナ”通りを恵比寿方面に下ると「カンテサンス」がある。ご存知の人も多いと思うが、昨年11月に発売されたミシュラン東京で日本 人シェフとしては唯一三ツ星を獲得したレストランだ。
シェフの名前は岸田周三さん。私よりも11歳も年下の1974年生まれ。多くの人はテレビにもよく紹介される名だたる料理人を抑えて、若干 30歳の若手シェフが選ばれたことに驚いたはずだ。
みなさんの中には、「おいしいのになぜあの店が選ばれないのか?」と思っている人もいると思う。私が、思うにその答えは「カンテサンス」の食 事の中にあると思う。
外食産業が成熟するまでは、何かすばらしいもの――今まで体験しなかったものをお客さんに提供することで、市場を切り開いてきた。したがっ て、次々に新しいものを提供してきた。しかし、市場が成熟すると、新しい料理など無くなった。そして、より良いもの――特に飲食店は素材探しに明け暮れ る。今、世の中は市場成熟が局地に達した「ジュクジュク時代」なのだが、その時代は、なんとか行きぬくためにものまね――ぱくり合いをする時代となってし まった。
そういう時代、どこの飲食店に行っても同じものが出てくる。本人は料理法に独自性を見出しているつもりだからタチが悪い。例えば、アスパラの 季節にはアスパラ、甘鯛が流行すれば甘鯛、ミモレットがおしゃれといえばミモレットとね。
そんな現象が、成熟の時代の第二ステージ2005年くらいから始まった「ジュクジュク時代」の特徴だ。
「カンテサンス」の岸田シェフは、パリの修業時代の三ツ星レストラン「アストランス」で身につけたキュイソンつまり「火入れ」の可能性を追求 している。
火の通し方で、素材の持ち味は全く違うものになる。フランス料理というとソースで食べさせるが、岸田シェフは独自の火加減で食べさせる。つま り、その素材を引き立てる火入れをいかに行うかがシェフの哲学であり、「カンテサンス」で料理を食べると「何かおもしろい料理だな」という印象を与える根 源なのだ。
写真は明石の真鯛だ。
ふつうの店は、鯛の王様である天然の真鯛をおいしい一品に仕上げるためにありとあらゆることを考える。しかし、岸田シェフは、この鯛の味を一 番引き出す火入れの方法は何かと考えるわけだ。
この明石の真鯛が立ててあり、「アレ?へんだな・・」という印象を持ったに違いない。私ですらそう思った。
普通、洋食で鯛を焼くときは切り身で焼く。岸田シェフの「キュイソン」という概念はこのような常識も覆す。
片身をまるごと焼いてしまうのだ。その理由こそが岸田シェフの「キュイソン」という哲学が反映されている。
私の記憶するところギャルソンの料理の説明はこんな感じだった。
「新鮮な鯛の刺身は切り口がキラキラと輝きます。せっかく鮮度のいい明石の天然真鯛ですから、その持ち味を生かすために片身で丸々、通るか通 らないかくらいに焼きあげました。そして、その火加減と鮮度の証として、切り口をあえて立てて見せました。キラキラと切り口が輝いているはずで す」
そう、これからの「ジュクジュク時代」は、どこかにあったもの、あるいはだれかから提供されたものをそのまま、売る時代ではない。自ら経験に 裏打ちされたフィルターを通して自分が到達した哲学を売る時代なのだ。
「ただいいもの」を売っている店では救われない。
そんな時代がやってきた。