■温泉の宝庫・奥会津
これまで日本各地を旅してきたが、「日本の原風景」という言葉が最もしっくりくるのは、奥会津をおいて他にない。奥会津は福島県会津地方の西半分を占める山間地。日本有数の豪雪地帯だ。
奥会津の風景は、「長閑」という一言に尽きる。まわりは見渡すかぎり山、山、山。桜が咲く新緑の季節には生命のパワーを感じ取り、山が赤や黄色に染まる紅葉の季節には芸術的な美しさに酔いしれる。
奥会津地方をゆるりゆるりと蛇行する只見川は、神秘的な緑色の水面。田園と畑が広がる平野部には、茅葺屋根の古民家がぽつりぽつりと点在する。初めて奥会津を訪ねたとき、こんな長閑な風景がまだ日本に残っていたことに、素直に感動したものだ。都会でストレスを感じながら忙しく働いている人に、ぜひ訪ねてほしい土地である。
奥会津は、温泉の宝庫でもある。温泉地の数は、なんと十数カ所。黄金色の濁り湯で、1200年の歴史を誇る早戸温泉。緑色がかった褐色の濁り湯が特徴の玉梨温泉。シュワシュワの炭酸泉が特徴の大塩温泉などなど、泉質も施設のつくりもバラエティーに富んでいる。数日かけて温泉めぐりをしても楽しいだろう。
■素朴な4つの共同浴場
そんな奥会津の南に位置するのが湯ノ花温泉。住所は福島県だが、まわりを栃木、群馬、新潟に囲まれており、太平洋よりもむしろ日本海のほうが近いというロケーションである。10軒弱の小さな宿が営業する温泉地は、歓楽街のような華やかさはゼロ。これぞ「ザ・日本の田舎」といった雰囲気の静かな集落である。
湯ノ花温泉を訪ねたら、4軒の共同湯めぐりがおすすめ(というより、土産物屋やこれといった観光スポットもないので、温泉に入る以外にすることがないのだが……)。
共同湯は地元の人が管理している普段使いの湯であるが、商店や旅館、民宿などで販売している300円の入浴券を購入すれば、一般客も一日中入り放題。太っ腹な住民のみなさんに感謝である。
湯ノ花大橋のたもとにある「天神の湯」は、鄙びた雰囲気の混浴だ。洗濯用と思われる大きなタライが壁にかけてあって生活感たっぷり。45℃はありそうなアツアツの湯に苦戦しながら浸かった。
「湯端の湯」は、湯ノ花温泉で最も歴史の古い源泉を利用している。4つの共同湯のなかでは、いちばん投入される湯量が多く、「もったいない!」と思うほどに湯船から源泉が勢いよくあふれ出していた。
4つの共同湯の中で最も小ぎれいなのが「弘法ノ湯」。男女別で、シャワーも完備されているので、女性も利用しやすい。もちろん、源泉かけ流しだ。
■巨石がくい込んだ湯小屋
いちばんのお気に入りは、湯ノ岐川のほとりにひっそりと佇む「石湯」。木造の小屋が川にへばりつくように建っている。お世辞にも立派とはいえない湯小屋に近づくと、誰もが仰天するだろう。なんと、直径数メートルの巨石が湯小屋にくい込んでいるのだ。
混浴の湯小屋の中には、簡素な脱衣所と2~3人入ればいっぱいになる石の湯船。湯船は自然の岩をくりぬいたものだ。そして、小屋にくい込んでいる巨石が、全体の10分の1ほど顔をのぞかせている。岩は湯小屋の内部に貫通しているのだ。全国にたくさんの共同湯があるが、これほど強烈なインパクトを与える湯小屋を他に知らない。
巨石の上部には、小さな祠が祀られている。神社の敷地内にある巨岩がご神体として祀られているのをよく見かけるが、石湯の巨石は、まさに湯を守る神様なのだろう。
一人、そろりと湯船に浸かった。川べりから湧出する透明の源泉は激アツだが、一度入ってしまえば、肌にすっとなじむ。聞こえてくるのは、川のせせらぎだけだ。ふと裸電球に照らされた巨石を見上げた。その姿は神々しい。いつにもまして温泉のありがたみが身にしみたのだった。