●米中「貿易戦争」が本格化
●貿易摩擦リスク回避に動き出した欧米自動車メーカー
●中国政府は市場開放拡大で応戦
●意味深長な王岐山副主席とテスラCEO会談
◆米中「貿易戦争」が本格化
今年7月6日、トランプ政権は中国の知的財産侵害を理由に航空機、半導体、産業用ロポットなど総額340億ドルに上る中国製品に25%の追加関税をかけ、中国も即座に米国産大豆、自動車、飛行機などを対象品目に同等規模の報復関税を発動した。世界経済1位の米国と2位中国の間に「貿易戦争」が本格化した。
こうした米中関税制裁合戦の中、欧米自動車メーカーによる中国進出加速の動きが活発化している。
7月10日、米国の新エネルギー車大手テスラが上海市政府と覚書を結び、同市郊外に電気自動車(EV)年産50万台の開発・生産拠点を設けると発表した。テスラの上海工場は同社の海外拠点第1号となり、中国自動車分野における外国企業の単独出資案件第1号ともなる。
続いて7月11日、ドイツ自動車大手VWは中国自動車メーカー江淮汽車とEV共同開発に関する合意文書を締結。BMWは中国の長城汽車とミニEV生産に関する合意文書、百度と自動運転で協力する合意文書をそれぞれ締結。ダイムラーは中国の北京で自動運転実験許可取得を発表し、同分野の外国企業第1号となる。ボッシュは中国EV大手蔚来汽車とEVのセンサ及び制御システム製造に関する合意文書を結んだ。
◆貿易摩擦リスク回避に動き出した欧米自動車メーカー
欧米自動車メーカーが相次いで中国進出を加速させる背景には、米中貿易摩擦リスクの回避という思惑が働いたと思われる。
米中双方が6日に発動した25%の追加関税を受ける品目には、いずれも自動車及び部品が含まれる。中国車の対米輸出に比べて米国車の対中輸出は圧倒的に多いため、米国自動車業界が受ける関税影響が大きい。
テスラを例に、同社2017年の中国販売台数は約1万5千台と世界販売の15%を占める。ただ全量が米国からの輸出であるため、7月6日以降、テスラがやむを得ず、中国で3割程度の値上げに踏み切った。国産車と外国車を問わず、相次いで値下がりをしている中、米国からの輸入車だけが2、3割の値上がりは中国の消費者に敬遠される。
実際、今年6月の国別中国市場乗用車新車販売台数を見れば、米国車が米中貿易戦争の影響の大きさがわかる。中国汽車工業協会の発表によれば、乗用車販売台数全体が前年同月比2.3%増、うちドイツ系4.9%増、日系3.5%増、韓国系110.9%増となっているが、米国車だけが22.9%減、台数で言えば5万4000台も減少した(図1を参照)。7月6日米中双方の関税制裁発動以降、米国車の中国販売は一層厳しい局面を迎える可能性が極めて高い。
出所)中国汽車工業協会の発表により沈才彬が作成。
こうした貿易摩擦リスクを回避するため、テスラは中国での現地生産に踏み切った。フォードとGMも最大市場の中国で追加投資を実施し、現地生産を拡大しようとしている。ドイツのBMWやダイムラーも追加関税の影響を受ける米国産中国輸出製品を中国現地生産に切り替える動きが出ている。
◆中国政府は市場開放拡大で応戦
欧米自動車メーカーの中国進出加速のもう1つの要素は中国市場開放の拡大である。今回の米中貿易戦争で、米トランプ政権が保護主義に傾倒しているが、中国政府は市場開放拡大で応戦するという作戦だ。
テスラは以前から中国で単独出資での現地生産を模索していたが、外資規制などが障壁となり実現していなかった。だが、今年に入ってから中国政府が自動車分野で出資規制を撤廃し、外国企業は単独出資での中国進出が可能となった。テスラは自動車分野における外国企業単独出資の第1号となった。
◆意味深長な王岐山副主席とテスラCEO会談
7月12日、王岐山国家副主席は北京でテスラCEOイーロン・マスクと会談した。王の行動は実に意味深長だ。周知の通り、1989年天安門事件以降、米国をはじめ西側諸国は中国に対し経済制裁を発動し、中国経済成長を挫折させた。この難局を乗り切ったのは、1992年の鄧小平氏の南方談話に示された開放拡大、改革加速という方策であった。結果的には、この方策は中国経済の飛躍及び世界2位の経済大国の達成をもたらした。
今回の米中貿易戦争は中国にとって厳しい試練であり、習近平政権は嘗て鄧小平氏が取った方策で対応しようとしているのだ。つまり、改革開放拡大で米国の貿易保護主義に対抗する狙いである。
この方策が再び奏功するかどうかは現段階で予断出来ない。しかし、中国の自動車分野の外資制限撤廃や完成車及び部品の輸入関税の引き下げは、日本企業にとってビジネスチャンスであることは間違いない。 (了)