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第45話 中国嫌いの生徒はなぜ中国ビジネス講座を選択か

中国経済の最新動向

 今年、私が担任教授となっている多摩大学大学院MBAコース「現代中国のビジネスと経営」科目では、履修者のうち、異色な存在となる生徒がいる。Aさんである。
 
 Aさんはこれまで中国に行ったことも中国とビジネスをしたこともなく、これからもビジネスをする見通しもない。
 
 なのに、なぜ中国ビジネス科目の履修を選択したか?本人の話によれば、「中国と中国人が嫌いだからだ」。なぜ嫌いなのか?理由は次の3つあげられている。
 
 1つ目は、「中国人は私の国とは近く、世界的に見れば顔も体型も肌の色も似ている。しかし、人としての倫理観が非常に低く、人を騙すことを平気で行う印象を抱いている」。
 
 2つ目は、「中国人を苦しめた暴君である毛沢東の写真(絵)を、どうして天安門広場に飾っているのか、その精神が理解できないからだ」。
 
 3つ目は、「共産党という一党独裁政治が存在しており、さらにその共産党員が大会社の会社経営にまで影響を与えている事実だ」。
 
 中国嫌いなのに、なぜわざわざ中国人教授が担当する中国ビジネス講座を選択したのか?履修の動機について、本人は「期末レポート」のなかでを次のように述べている。「中国が嫌いだからこそ、目を背けるのではなく、どうして嫌いなのだろうと向き合ってみたいと考えた」と。実に勇気ある決断である。
 
 それでは「現代中国のビジネスと経営」の履修を終えて、Aさんの得たものとしては一体何だろうか。本人は次のように述べる。
 
 「受講後、中国の歩んできた歴史の経緯から多少は(中国を)理解できたような気がしている。この授業で一番印象に残ったのが鄧小平氏の考えと行動だった。彼は主義・主張に拘らず、社会主義を堅持しながらも、資本主義の優越な部分を認め、貪欲的に吸収するという「猫論」(白い猫も黒い猫も鼠を捕れる猫が良い猫だ)を持ち、隣国でも決して心から和平を結んでいる訳ではない日本からをも学び、それを実行した。
 
 他国の社会主義は現代においては崩壊しているのに、中国は崩壊どころか飛躍を遂げている。当時の中国では決して他の人には真似することのできない柔軟な発想であり、さらに英断であり、背水の陣としての行動だったと思われる。結果として、鄧氏が他界した後の現代中国の発展にも大きく寄与している。なんと偉大なことをしたのだと、好かないと思い続けていた現代中国の人、少しでも私と同じ時代を生きた中国人として初めて尊敬の念を抱いた」と。
 
 履修を通じて得た知識を自分の仕事とどう結び付けるか?Aさんは当初の履修選択の決断を振り替えながら、次のように抱負を述べる。「この授業の履修を終えて思うことは、嫌いなものを履修しようという勇気を持って良かったと思う。履修しなければ得られなかった視点や気づきを得ることができた。これは中国という国を知るということではなく、これからの私にとって大きな発想の転換にもなり得るような気がする。私はいま、改革を伴う仕事をしているが、これから先も仕事の上でも多くの壁にぶつかって行くと思う」。その時に、鄧小平氏のように、「二項の存在を認めること、他の主義・主張に耳を傾けること、謙虚に学ぶこと、などの姿勢を持ちたい。持たなければ壁を越えることができないと深く心に刻まれる」と。
 
 いま日中両国の政治家たちが思考停止状態となっている「尖閣問題」についても、Aさんは独自の視点を持つようになった。Aさんによれば、「尖閣問題は、報道を見る限りでは、単なる領土問題にしか見えなかった。しかし、授業では想像もしていなかった異なる視点を知り、これが尖閣問題だけでなく、これからの私の考えとして大きな1つの視点となるような気がしている。それは『歴史的に日中逆転した時に、ナショナリズムが起きやすい』ということだ。そして、いずれも、『逆転した側は自信過剰であり、逆転された側は事実を認めたくない』という心理が働き、衝突する。
 この現れの1つとして尖閣問題があるという事実には、人間の心の問題が何においても深く寄与しており、ここが成長することで良い解決ができるのだろうと、改めて学んだような気がしている」と。
 
 先生にとって、教え子たちの成長ぶりほど嬉しいことはない。授業を通じて、先生と生徒の関係ではなく、国籍とも関係なく、人間同士としての心の交流が深まり、その距離感はなくなるような気がする。
 
 現在、日本と中国の相手国に対する国民感情は悪化する一方である。8月5日、日本の非営利団体・言論NPOと中国日報社は、共同で行った「第九回日中関係世論調査」の結果を発表した。日中関係は重要だと認識されているものの、尖閣問題などが影響し、日本人(90.1%)、中国人(92.8%)ともに9割超が相手国に対し「良くない印象を持っている」と回答。「マイナス評価」は昨年から急拡大し、過去9回の調査で最悪の結果となった。
 
 言うまでもなく、日中双方の国民感情の悪化に歯止めをかけることは喫緊の課題である。民間人の立場にある私から言わせれば、やはり地道な国民レベルの交流が大切であり、人間同士としての心と心の交流を積み重ねなければ、関係改善が望めないと思う。一民間人として、これからも日中民間交流を促進するために微力を尽くして行きたい。

 

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