田中社長はニュースで不正等が明るみになっている会社が目立つことに対し、自社の内部公益通報窓口には通報がないことで、ほっとしているということを法律相談の途中の雑談で賛多弁護士に話していました。
田中社長:最近では検査不正だったり、食品関連の問題が発覚したりと、これまで隠れていたことが明るみに出ていますね。弊社では窓口を設置していますが、その類の話は全くなく、本当に安心しています。
賛多弁護士:数年前、パワハラの相談窓口の設置の話をされた際、私がパワハラはなくなるべきではない、というお話をしたことを覚えていらっしゃいますか。
田中社長:はい。最初伺ったときには何をおっしゃっているのだろうと、非常に印象的だったので覚えています(第76回参照)。
賛多弁護士:その時のことが内部公益通報窓口にも当てはまるのです。
田中社長:通報が窓口にきていないのは、それは窓口が機能していないに過ぎないということですか。
賛多弁護士:絶対とは言いませんが、その可能性があります。実は、ここ数年で行政機関に対する公益通報が急激に増えています。しかも、代理人弁護士を立てて、匿名を維持して通報することが増えているのです。
田中社長:なぜそんなことが起きているのでしょうか。
賛多弁護士:内部公益通報窓口の実効性が不十分なのです。実効性が不十分だというのは、従業員が企業内の内部公益通報窓口に通報しても自分が不利になるだけ、と思っているということです。そのため、従業員は行政機関に駆け込んでいるのです。
田中社長:そうなると、どんなことが起きるのでしょうか。
賛多弁護士:企業からすると全く認識していなかった不正・不祥事が行政機関から告げられるわけです。
田中社長:企業内のことを突然、行政機関から突き付けられるなんて。どうすれば良いのでしょうか。
賛多弁護士:これは地道に啓蒙活動をするしかありません。経営トップである田中社長が不正を許さない、見て見ぬふりも不正と同じというメッセージを出すことが必要です。
田中社長:わかりました。会社に戻ったら、すぐに文案を作成しますので、先生、見てください。
賛多弁護士:わかりました。でも、それだけでは足りませんよ。内部公益通報窓口に通報されなかった事例を見てみると、従業員の方々がその存在を知らなかった、信用できなかった、ということが非常に多いです。そのため、研修を定期的に行ってください。また、経営トップのメッセージが一回出た程度では従業員の方々にはその深刻さ、社長の本気度は伝わりません。社長の思いも定期的に伝えてください。直接、従業員の方々に語り掛ける場を作ってください。
田中社長:わかりました。ちなみに今のところ、行政機関の勧告等に従わなかったからといって、罰則が科されたりはしませんよね。
賛多弁護士:公表の可能性はありますが、今のところ罰則はありません。しかし、それも改正で盛り込まれる可能性が高いです。
田中社長:そうですか、これは急がないといけませんね。
賛多弁護士:ただ、田中社長、罰則の如何を気にしていてはダメです。
田中社長:どうしてですか?
賛多弁護士:公益通報者保護法だけではありません。国は法律の目的が達成できない状況にあると判断すれば、それを達成すべく改正がなされます。そのたびに、法律が求める状況まで会社をもって行く、ということをしていると無駄な労力を費やすことになります。
田中社長:それは確かにそうですね。。。
賛多弁護士:それに私は正直なところ、田中社長の現在の反応が少し寂しいです。
田中社長:なぜですか?
賛多弁護士:御社は内部公益通報窓口の設置や運用について法律が強制しなければそれらを放っておくような会社なのでしょうか。もともと法律は、最低限を定めるものにすぎません。田中社長の会社は最低限を守っていれば良いという会社なのでしょうか。会社を運営していれば、何かしら問題は出てくるものです。それらに適切に対応し、修正し、まっとうに経営をするのが経営者だと思っています。そのように経営をしていれば、多くの場合、自然と改正法への対応は不要あるいは新たな負担は軽度で済みます。
田中社長:確かにそのとおりですね。
賛多弁護士:あたらしい法律が出てきたとき、面倒くさいな、と思うのではなく、この法律はなんで出てきたのだろう、と考えてみてください。それによって会社経営でこれまで気付かなかった問題に気付くことができるかもしれません。それをヒントに会社をより良くする方向にもっていってください。
田中社長:今まで法律は我々をただ縛るものだと考えていました。ともすれば、なんで国は我々の経営を邪魔ばかりするのかと考えていました。でも、今日の先生の言葉で気づかされました。法律の目的は、社会が当然に求めているものであり、それは会社経営を見直すきっかけなんだとわかりました。これからは、法律の目的を十分に理解したいと思います。また、ご相談させてください。
賛多弁護士:もちろんです。
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公益通報者保護制度検討会では、現在の公益通報者保護法では他国と比較し不十分であるとして様々な意見が出されています。例えば、現行法では301名以上の会社について内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置をとるに当たって指針を遵守する必要があるとされていますが、この対象会社を拡充すべきではないかという意見も出されています。しかし、本文中で触れた通り、現在対象とされていない会社であっても、改正されてから対応すればよいという発想ではなく、法が強制するか否かに関わらず適切に企業を運営していくために内部公益通報窓口の設置を検討していただきたいと思います。
執筆:鳥飼総合法律事務所弁護士町田覚