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採用・法律

第88回 『事業承継としての上場』

中小企業の新たな法律リスク

 次世代への事業承継を考える盛田社長が賛多弁護士のもとに相談にやってきました。

* * *

盛田社長:弊社は私が裸一貫から始めた会社ですが、皆様のおかげで従業員50人、売上高30億円というところまで成長できました。

賛多弁護士:会社がここまで成長できたのは盛田社長のお人柄によるところが非常に大きいでしょうね。ただ、最近、体調を崩されたということを伺っていましたので、心配しておりました。

盛田社長:ご心配おかけして申し訳ございません。実際、先週まで入院しておりましたが、おかげさまで今はすっかり元気になりました。私は52歳になったばかりで、これまで引退など考えていなかったのですが、入院中、いつ何があるのかわからないと思い、今のうちから後進に道を譲る時期や方法を検討すべきと考えるに至りました。そこで、先生にどんな方法が良いのかを伺いたく本日お時間を頂戴しました。

賛多弁護士:そういうことでしたか。いわゆる事業承継についてのご相談ですね。確かに盛田社長はお若いですが、今のうちから事業承継を検討するということが本来望ましいのです。決して早すぎるということはありません。ちなみに、後継者についてはすでに決められているのでしょうか。

盛田社長:いいえ、ご存知の通り、私には息子が2人おりますが、まだ2人とも学生でその適性はわかりませんし、会社は社会の公器ともいわれますので、候補者を親族に絞ることはしないつもりです。

賛多弁護士:わかりました。私は税金対策に主眼を置いた事業承継はあまりお勧めしておりません。もちろん税金を払えないと困りますので、その視点を取り入れること自体を否定するわけではありませんが、事業承継はその名のとおり事業を承継したうえで、さらなる発展を目指すことであり、それが目的のはずです。事業承継を税金対策に主眼を置いて行ったために、会社のその後の活動が縛られたり、会社の活力が失われては意味がありません。最近では、私は事業承継を検討されている社長さんには上場をひとつの選択肢としてご提案しています。

盛田社長:上場なんて中小企業とは関係ないではないですか。上場すればメリットがあることはわかっていますが、デメリットも大きい。私は株式を売却して、資産を増やそうという気もありませんし、会社が資金調達に困っているわけでもありません。株式が見ず知らずの人にわたって、経営に悪影響がでるのではないか、そちらの方が心配です。

賛多弁護士:盛田社長のご心配はもっともです。しかし、上場といっても株式を投資家に売り出さないものもあるのです。 その市場はTOKYO PRO Market というもので、東京証券取引所が運営する株式市場の1つです。その市場に参加するのは金融機関等のプロ投資家に限定されています。

盛田社長:そんな特殊な市場に上場しても意味はないのではないでしょうか。

賛多弁護士:そんなことはありません。形式的なことをいえば、TOKYO PRO Market 上場銘柄でも他の市場と同様に銘柄コードは付与され、東証ロゴマークを使用することももちろん可能です。

盛田社長:見た目はプライム市場等と同じようになるってことですね。でも、上場するなら売上が大きくなくてはならないとか、利益が右肩上がりでなければならないとか、厳しい審査があるのではないですか。

賛多弁護士:上場審査についてですが、財務的な要件はほとんどありません。ですから、売上高の規模は気にする必要はありません。実際、売上高が5億円程度と御社よりずっと少ない売上規模で上場している会社もあります。

盛田社長:変わった市場ですね。でも、私の今回の相談とどう関連するのでしょうか。

賛多弁護士:TOKYO PRO Market への上場には多くのメリットがありますが、すべてをご説明する時間はありませんので、事業承継との関連についてご説明しますね。森田社長は外部から経営者を招くということも考えられているとおっしゃいましたが、雇われる経営者からすると責任重大であり、自分が社長として就任する会社の状況を適切に把握したいと考えるのが自然です。この点、上場会社であれば、会社の組織体制等について一定程度のレベルが期待できますし、財務諸表等の開示書類については監査法人のチェックを受けているため、その信頼性も高く、経営者候補者も安心してその情報を利用できます。

盛田社長:なるほど。私はこれまで、上場というと株式を発行して資金調達することが目的と考えていましたが、ほかにもいろいろとメリットはありそうですね。

賛多弁護士:そのとおりです。ほかにも次のようなこともいえます。御社のような創業者の方が一代あるいは数代で会社を経営し、成長させてきた場合、そのリーダーシップによって会社がうまくまわっているということが非常に多いです。このような会社の場合、第三者が経営者となると創業者のリーダーシップが失われ、事業承継後の経営が困難になることが考えられます。そこで、会社の組織体制、内部統制を適切に構築することが望ましいわけですが、なかなかそれだけを目指しても進まないことが多いのです。この点、TOKYO PRO Market への上場となると当然にその会社の組織体制、内部統制といった仕組みを整えることになるので、外部から就いた経営者は会社を運営しやすくなり、経営がうまくいく可能性が高まるのです。

盛田社長:そういうことなのですね。上場は費用や手間のかかることと考えていましたが、それは会社にとって単なる負担というわけではないのですね。

賛多弁護士:また、中小企業が金融機関から借り入れをしている場合、経営者の個人保証がついているケースが今でも見受けられますが、上場する場合にはその個人保証は外さなければなりません。そのため、経営者は金融機関に個人保証を外すことをお願いすることになりますが、上場を前提としている場合、その交渉はうまく進むことが多いです。

盛田社長:そうすると後継者も個人保証をせずにすむという流れになるということですね。それは事業承継をするにはありがたい話ですね。

賛多弁護士:さすが盛田社長、ご理解が早い。もし、事業承継の手段として上場をお考えになるのであれば、メリット・デメリット、必要な手続やスケジュール感、費用感をお伝えしますので、おっしゃってください。

盛田社長:うーん、今日、急に決断はできませんが、検討する価値があるということは十分にわかりました。日を改めて詳細内容を伺いに参ってもよろしいでしょうか。

賛多弁護士:もちろんです。詳細な資料を準備しておきます。

盛田社長: ありがとうございます。上場なんて今まで全く縁がないと思っていたのが、急に近くなったので戸惑いもありますが、ワクワクして、元気も出てきました。

賛多弁護士:まだまだ、盛田社長には頑張っていただかないといけませんからね。また、後日、一緒に検討しましょう。

* * *

 今年、2022年4月、東京証券取引所の株式市場の再編でプライム市場、スタンダード市場、グロース市場が注目されていますが、東京証券取引所にはそれとは別にTOKYO PRO Market という株式市場があります。TOKYO PRO Market は本文中にも書きましたが、株式を売却する必要がないため、経営判断について外部の株主の意向に神経質になる必要はなく、買収の危険にさらされるリスクも低いといえます。

 このコラムですべてを説明することはできませんでしたが、TOKYO PRO Market への上場を検討する場合にはメリット・デメリット、必要な手続、費用、スケジュールを十分に検討してください。

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 町田 覚

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