■これが本当に温泉?
四国地方はもともと温泉資源には、あまり恵まれていない。全国的に知名度がある温泉は愛媛県松山市の道後温泉くらいだろう。
もちろん、つぶさに見ていけば道後温泉以外にも、良質な温泉は存在するが、その数は限られる。もともと温泉が湧きにくい土地なので、湯の質は物足りないことが多い。湧出量が少なかったり、泉温の低い鉱泉であったりするので、実際には、ほとんどの温泉施設が循環ろ過式で、塩素の臭いさえしなければ上出来というのが現実である。
だからこそ、ときおり四国で源泉かけ流しの湯や個性的な泉質の湯と出合うと、苦労の末に探し出した宝物のように愛おしく感じられる。東北や九州といった温泉が豊富な温泉地で出会うかけ流しの湯と、四国のそれとでは、まったく重みが違うのだ。
そんな宝物の湯のひとつが、高松市の住宅街にある仏生山(ぶっしょうざん)温泉「天平湯」。周辺は法然寺の門前町として栄えてきた歴史をもち、江戸から明治時代に建てられた民家や商店が点在する。
それに対して、ガラス窓を大胆に取り入れた仏生山温泉の外観は、美術館などと勘違いしてしまいそうなほどスタイリッシュ。初めて訪ねたときは、「ここは本当に温泉なの?」と思ってしまったほどだ。
シンプルな館内の休憩スペースや土産物コーナーも、まるでギャラリーのような雰囲気。フロントから浴場に向かう休憩スペースの壁に、絵画などの芸術作品が展示されていても、まったく違和感がないだろう。これほど空間デザインに力を入れている温泉施設は、全国レベルでもめずらしい。なお、グッドデザイン賞を受賞している。
露天風呂のオープンデッキに面した開放的な脱衣所や、オリジナルのデザインと思われるセンスのよい桶など、あらゆる部分で一般的な入浴施設とは一線を画している。細部まで、いちいちオシャレなのだ。
■源泉かけ流しの本格派
仏生山温泉のすばらしさは、その建物やデザインだけではない。温泉も本格派である。内湯、露天風呂ともに塩分と鉄分の含まれる透明湯が100%かけ流しにされている。つまり、加水も循環ろ過もされていない。
温泉マニアの中には、このような定説がある。「総じて、古くて鄙びた温泉ほど源泉の質が高く、反対に新しく設備が整った温泉ほど源泉の質が低い」。極端に表現すれば、「ぼろい温泉=いい温泉」という傾向がある。この説は概ね正解といえるが、仏生山温泉については当てはまらない。
オシャレな温泉施設で軽視されがちな源泉の状態がすこぶる良いのである。スベスベとした肌触りが特徴の湯は小さな気泡が肌に付着する。源泉の鮮度が高い証しだ。まさか、高松市街で100%かけ流しの湯に遭遇するとは夢にも思っていなかったので、入浴したときは感動もひとしおであった。
■ずっとつかっていたい「ぬる湯」
個人的に気に入ったのは、箱庭風の露天スペースにある約33℃のぬるめの湯船。体温よりも低いので、最初はかなりひんやりと感じるが、慣れてくると、じんわりと熱が伝わってきて気持ちいい。一度つかったら最後、もう湯船から出たくなくなる。
もともと源泉の温度が低いので加温もしているが、一律に加温することなく、ぬるめの湯も選んでつかれるのがうれしい。湯船の中で長時間ゆっくりと過ごせるのがぬる湯の魅力である。
そういえば、休憩所の一角には、古本販売コーナーが設置されており、短編小説を中心としたラインナップが並んでいた。温泉の湯船の中で小説を読みふける。本好きにとっては、これほど幸せな時間はないだろう。
湯上がりに休憩スペースに戻ってくると、白衣に笠をかぶり、杖を持ったお遍路さんに出くわした。近くには83番札所の一宮寺があるので、巡礼の途中に体を休めに立ち寄ったのだろう。
オシャレな温泉にお遍路さん。こんな不思議な組み合わせも、アート作品の一部のように感じられてしまうのだった。