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人事・労務

第12講 人権デューデリジェンスとは?

顧客・社員・社会から支持される「ウェルビーイング経営入門」

4 人権リスクの具体例

 では人権DDで問題となる人権リスクとは、具体的にはどのようなものでしょうか。

 それは、企業が事業活動を通して、労働者、消費者、地域住民といったステークホルダーの人権を、直接的・間接的に侵害する恐れがあるすべての危険性を指します。企業の事業活動の範囲が拡大する中で、人権リスクを特定すること自体が難しくなっていますが、具体的には以下のようなものがあります。

(1)賃金の不足・未払
(2)過剰・不当な労働時間
(3)低い労働安全衛生 
(4)十分な社会保障を受ける権利(労働災害や保険制度なと適切な権利を妨げないこと)
(5)ハラスメント(セクシャルハラスメント/マタニティハラスメント/パワーハラスメントなど)
(6)強制労働
(7)居住移転の自由の侵害(軟禁する、退職を認めないなど)
(8)結社の自由の侵害(労働者の結集を阻害するなど)
(9)外国人労働者の権利侵害
(10)児童労働 
(11)テクノロジー・AIに関する人権問題(AIによる差別意識の再生産など)
(12)プライバシーの権利
(13)消費者の安全と知る権利(情報開示を含む)
(14)差別 
(15)ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題 
(16)表現の自由 
(17)先住民族・地域住民の権利 
(18)環境・気候変動に関する人権問題 
(19)知的財産権 
(20)賄賂・腐敗 
(21)サプライチェーン上の人権問題 
(22)救済へアクセスする権利

 実に多岐にわたります。どの企業も、複数のリスクを抱えているのが実態ですから、これらの観点をまずは取り入れて、自社のビジネスをサプライチェーンの全体からチェックしていく必要があります。

 また、人権リスクを放置していると、企業イメージの低下はもちろん、悪評や風評被害、不買運動といったレピュテーションリスク、株価下落や経営破たんなどの財務リスク、従業員のボイコットや大量離職などの人的リスクなどにつながりやすくなります。現在は、SNS等を通じて、あっという間に酷評が拡散される時代です。人権リスクは、企業経営リスクであることを、経営者はしっかり認識しておく必要があります。

 
5 サプライチェーンまで目を光らす

 人権DDで重要かつ難しい点は、自社のみならず、取引先が人権リスクを犯した際にも、企業の責任として問われる可能性があるということです。自社内では、人権リスクに対応しなければならないことは、よく理解されていても、取引先まですべてチェックするのは、実際に大変な作業です。しかし、自社さえよければOKという考え方は、人権DDでは通用しないとされています。調達から生産・販売・リサイクルといった、サプライチェーン全体における人権リスクの管理対応が求められるのが、人権DDなのです。

 
6 実際に人権リスクが問題になったケース

 人権リスクが顕在化して、問題になったケースをご紹介します。

(1)1000人以上の死者を出した「ラナ・プラザの悲劇」事件

 2013年4月、世界で著名な多数のファッションブランドの縫製工場が入っていたバングラデシュのビルが崩壊し、1000人以上が亡くなり、2500人以上が負傷、500人以上が行方不明となる大事故が起きました。「ラナ・プラザの悲劇」として知られています。事故発生前、建物に亀裂が見つかり、入居者にはビルの使用を中止するよう警告が出されていましたが工場経営者はそれを無視して従業員を働かせ続け、事故が発生したのです。工場経営者が危険を承知で従業員を働かせ続けた背景には、著名アパレルブランドによる納期とコスト削減要求がありました。

 また、この事件に先立ち、著名なスポーツブランドであるナイキの各工場で、過剰労働などの人権侵害が発覚し、さらに、ナイキは下請企業の人権には関与しないと公言したことで大炎上し、世界的な不買運動が起きたところでした。その後、ナイキはじめ、世界のスポーツブランドやアパレルには、人権DDの流れが大きく広がっており、各社は、DDの結果をHPで公表するなど、世界の潮流が変わる一つの起点となりました。

 
(2)ユニクロ人権問題

 2021年5月、日本のファーストリテイリングが生産するユニクロのシャツが、ウイグル人への強制労働が疑われている中国の新疆ウイグル自治区の綿花で製造された可能性があるとして、同年1月にアメリカへの輸入が税関で差し止められていたことが明らかになりました。また、同年7月、フランス検察当局が、同人権問題を巡って、衣料品会社4社に対する捜査を開始、その中にユニクロのフランス法人も含まれていたのです。いずれも、サプライチェーン上の人種差別問題が浮き彫りになったもので、ユニクロへの批判や不買運動が世界的に大きく広がりました。現在、ファーストリテイリングのHP上には、人権問題に関する膨大なページが存在し、綿花生産に関する細かい過程もリポートされています。欧米の人権意識や当局の動きが、日本企業に大きな影響を与える実例です。

 
(3)ジャニーズ性加害事件

 旧ジャニーズ事務所で、故人の創業者が長年にわたって所属タレントに性加害をしていた事件は、記憶に新しいことでしょう。2023年に海外メディアBBCのドキュメンタリー番組で取り上げられたのをきっかけに大きく騒がれるようになり、9月には当該事務所が初めて会見、性加害の事実を認めて謝罪しました。これを受けて、所属タレントを自社CMに起用していた企業が続々と契約の打ち切りを発表。その数は30社を超えたといわれています。この動きは「人権侵害を助長しないため」でもある一方で「タレントに罪はない」との声も上がり、さまざまな議論を巻き起こしました。

 いずれにしても、まるで帝国のように君臨していた企業が、一気に崩れ落ちていく状況は、まさに企業における人権リスクの顕在化の過程そのものであったともいえます。経営の本丸は、人権なのです。

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