7 企業に求められていること(指導原則)
では、人権リスクを踏まえて、実際に企業はどんな取り組みを始めればいいのでしょうか。現在の人権デューデリジェンスの起源は、2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」にもあります。そこでは以下の三つを実行・運用するように述べられています。
(1)人権方針の策定
企業は、「人権を尊重する責任を果たす」というコミットメントを、企業方針として社内外に表明することが求められます。
具体的には
例:人権方針の策定・公開、人権への取り組みの体制確立など
がポイントです。まずは、トップメッセージを明確に打ち出すという意味です。
(2)人権デューデリジェンスの運用
その上で、すべての事業活動の過程における、人権への負の影響を特定し、予防・軽減し、対処方法にも、責任を持つことが求められています。
要するに、これが人権DDです。具体的には
例:自社の事業によって起きる人権への負の影響の調査や特定・評価、人権研修の実施、人権報告書の作成・公開、適切な対応方針の策定とPDCAの実施
が必要です。とにかく、事業の過程全体を見通して、どこに人権侵害があるのか、しっかり探していく過程です。また、DDを終えたら、それに従った戦略を立てて、実行したうえで、チェックもしましょう。人権DDは、一度やったらおしまい、ではありません。しっかりとPDCAを回し続けるのが人権を守るために最も重要なポイントです。
(3)救済メカニズム(苦情処理・問題解決制度)の構築・運用
残念ながら、人権リスクは完全には防止できないとされています。どこかで実際に人権侵害が起きているという前提で進めなければなりません。そこで、侵害に備えて正当な手続きを通じた救済過程を作っておくことも、企業に対する要請となっています。
具体的には
例:社内向け相談ホットラインの設置、顧客や取引先、サプライヤーなどへの問い合わせや相談窓口の設置、外部機関との連携など
8 人権DDのポイント
こうした仕組みを作るうえで、ポイントとなるのは下記の点です。
(1)従業員に対し、人権リスクに取り組む重要性を理解してもらう
人権デューデリジェンスは企業のビジネス全体を総覧する必要があります。そのため、関係する部署も多く、従業員の協力が欠かせません。大変な作業かもしれませんが、人権尊重方針はもちろんリスクや取り組み内容などを丁寧に説明し、持続的な成長と未来のために、人権DDの重要さを従業員に伝えて取り組んでもらうことが重要です。
(2)専門家や外部機関からの助言や、関係者へのヒアリングなど定期的実施
人権DDは、多角的な目線が必要であるため、社内担当者だけでは、把握が難しい場合があります。定期的に人権DDに詳しい弁護士や外部専門家と連携したり、助言を得るシステムを作ることも、人権DDをうまく実行するために有益です。
(3)人権方針を、事業戦略や計画に盛り込む
立派な人権方針を定めてもそれが、単なるスローガンで終わってしまっては意味がありません。方針と実態が異なれば、かえって大きな批判を浴びることにもなるでしょう。人権方針や人権DDの結果は、今後の戦略や事業計画に実際に反映させることが何よりも大切です。
まだ人権DDに取り組んでいない経営者の皆さんは、そろそろ、自社の人権尊重のための取組みを始めてみることをお勧めします。何から始めていいかわからない場合は、経済産業省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」や、(一財)国際経済連携推進センターの「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」に、比較的わかりやすく流れがまとめられています。よくある疑問もQ&Aでまとまっていますので、これから始める方への第一歩としても活用しやすい内容になっています。
今後、人権を重視するトレンドはますます高まっていくと思われます。大企業に比べれば人員やコストが限られる中小企業であっても、人権リスクは同じように存在しています。むしろ、中小企業の場合は、人権リスクが顕在化した場合の損害を回復するのは難しい可能性があります。思わぬ形で、これまでの経営基盤や信頼が崩れることがないよう、人権DDにもぜひ取り組んでみてください。