人権デューデリジェンス(DD)という言葉を耳にする機会が増えています。人権DDとは、企業がその活動によって人権にどのような影響を与えるかを評価し、必要な改善策を講じるプロセスです。要は、サプライチェーンを含めたすべての取引の実態を人権の観点から見直す取り組みとも言えます。
この概念は、国連のビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)などをその基礎としています。今のところ、日本では法制化はされていませんが、欧米各国が法制化を進めており、国内でも議論が活発化しています。また、欧米の流れを汲んで、法制化に先立ち、人権DDを実施する企業も増えています。
そして、人権DDとウェルビーイング経営は密接に関係しています。このコラムでお伝えしているとおり、ウェルビーイング経営は、ステイクホルダー全員の幸福を大切に、持続的な成長を目指す経営戦略です。そして、人権DDは、まさに従業員はもちろん、取引先との公正な関係や地域社会との正しいつながりを強化すること。つまり、ウェルビーイング経営は、人権DDがうまく実施されなければ、実現できないといっても過言ではありません。本記事では、いま大きく注目される人権DDについて、その意味や具体的な方法について詳しく見ていきましょう。
1 人権デューデリジェンス(DD)とは
人権デューデリジェンス(Human Rights Due Diligence)とは、企業が、自社の活動から生じる人権リスクを調査・特定し、防止およびトラブルを対処する取り組みのことです。具体的には、従業員の過酷な労働環境や賃金問題、下請け工場での強制労働・女性や児童労働問題、ジェンダーや障碍者、人種差別、ジャニーズ事件のような性的加害問題、新疆ウイグル自治区やミャンマーなどにおける人権侵害問題、外国人技能実習生問題などが挙げられます。このように、範囲は非常に広くすべての人権が対象となる点を理解しておきましょう。また、人権侵害は、地域の環境破壊とも密接に結びついているケースが多く、サステナビリティの観点からも、世界的に「ビジネスと人権」の問題に取り組む動きが出ています。
2 グローバル化と人権DDの関係
人権DDの必要性が高まった背景には、近年の急速なグローバル化があります。グローバル化によって、企業のサプライチェーン(供給網)や取引先は世界各国に拡大しています。みなさんが普段利用しているサービスや商品も、国内ですべて成立するものはほとんどないはずです。何らかの形で海外を経由し、複雑な過程を経て、わたしたちユーザーのもとにサービスや商品が届けられています。その過程は、複雑極まりないのですが、複雑になればなるほど、その企業活動で人権を犯すリスクは広がっています。目が行き届かない世界のどこかで人権侵害の一翼を担っているリスクが、あらゆる企業に存在する時代が来ているのです。そして、企業は、この過程を徹底して管理せよ、というのが人権DDの要請なのです。
3 日本企業の人権DDの実態
日本政府は2020年10月に「「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)」を策定しました。また、2021年11月、経済産業省が「ビジネス・人権政策調整室」を設置し、2022年8月5日、企業がサプライチェーン全体で人権侵害を把握し、改善・運用に取り組む人権デューデリジェンスの指針案「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」が発表されました。
また、ジェトロ(日本貿易振興機構)が実施した2021年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」によると、人権尊重方針の策定を行っている企業は、全回答企業の38.1%でした。大企業では64.3%、中小企業では32.7%と、かなりの企業が人権DDに取り組み始めていることが分かります。