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人の心を取り込む術(7) チームワークの源泉(平尾誠二)

指導者たる者かくあるべし

ミスターラグビーのキャプテンシー

 冬季の北京五輪が閉幕した。笑顔のコミュニケーションで絶体絶命の危機を何度も乗り越えて銀メダルに輝いた女子カーリング日本代表のロコ・ソラーレ、連覇は逃したものの前人未踏の4回転半ジャンプに果敢に挑んだ男子フィギュアの羽生結弦の決断など数々の人間ドラマを堪能した。団体競技はもちろんのこと、個人競技でもコーチングスタッフとの呼吸を考えると鍵を握るのはチームワークだ。
 1チーム15人で戦うラグビーはまさに最大人数のチームスポーツだ。日本代表監督も務めた平尾誠二は、同志社大学、神戸製鋼の現役時代を通じて、ゲームキャプテンを務めた国内チーム相手の試合では一度しか負けたことがなかった。そのミスター・ラグビーと異名をとった平尾は2016年に53歳で惜しまれながら病没したが、生前にチームリーダーとしてのキャプテンシーのあり方について数々の名言を残している。

義務感から創造力は生まれない

 「日本人はチームワークがいいと言われるが、本当にそうだろうか」。平尾は、言われたことを一糸乱れずにやる日本式のチームワークに疑問を呈する。「全員が同じことをするのではなく『個人の特質を生かすこと』が真のチームワークだと思う」と彼は言う。
 ラグビーは、状況に応じて自分で適した行動を選択し実行するスポーツだと考える平尾にすれば、言われたことを忠実にこなすだけでは試合に勝てない。個人が多少リスクを背負っても主体的に判断し行動することが必要だ。
「そのためには計画にないものを発想する創造力が大切だ」と主張する。
 団体競技中の団体競技であるラグビーを創造力のゲームと捉えた平尾の発想は斬新だ。ラグビー界では異端視する声も出たが、彼が主将として率いる神戸製鋼が日本選手権で7連覇を達成する。その実績が批判を打ち消してゆく。
 「『やらなければならない』という義務感から創造は生まれない。『楽しい、面白い』と思ってこそ生まれるものではないか」
 競技は違うが、局面ごとの先読みと創造力が問われるカーリングで、ロコ・ソラーレのメンバーたちが見せた競技を楽しむ姿勢と快進撃を想起させる。

試練を乗り越える愛嬌とユーモア

 一方で、練習における平尾の指導は厳しかった。できないことに対して叱る。その叱り方に工夫があった。試合に負けたら誰でも悔しい。「指導者ならその悔しさを怒りを込めて伝えるべきだ」という。本気で叱った。練習では一段の高みを目指して厳しく指導する。
 「これだけはあかんと思うのは我慢すればできることをしない奴、スクラムを組むとか、ある一定の姿勢を保つとか、しんどくてもここ我慢や、ということをやらない奴は叱ることが多い」、その一方で、創造的ポジションの選手には寛容であれがモットーだ。
 例えば、ゲームを組み立てるスタンドオフやハーフ。「想像力を働かせて自由な領域を増やしてやらなければうまくいかないからだ」。
 だれでも前向きに何かを試みて失敗することがある。結果を叱ることは簡単だ。平尾は、まず挑戦したことを褒めろと強調する。
 「失敗した時のダメージばかり考えていては、挑戦せずに逃げ道ばかり探してしまい、試すことすらしなくなるだろう。トライ・アンド・エラーは単に成功のための方法論ではなく、精神的なタフネスをも養ってくれる」
 平尾の生前を知る人は異口同音に、「ユーモアがあった」としのぶ。ミスには徹底的に厳しく。そして、叱ったあと、ユーモアを交えて指導内容をダメ押ししたという。
 「笑顔を見せることや愛嬌を感じさせることは、相手にとって話しやすい環境を用意することになる。それによって相手もこちらも気分が良くなり、当然関係は深まる。関係が深まれば、できることはしてあげたい、助けてやりたいと人は思うものだ」
 そのユーモアが、「平尾のためなら、どこまでもついていく」とチーム内にいい雰囲気を生み出した。厳しい練習にもフィフティーンは耐え、神戸製鋼の赤ジャージのV7を支えた。
 平尾が癌で最期の闘病中のこと。さまざまな治療を試したが、死期は迫る。主治医は、「この治療は世界初で。どんな副作用があるかわからない」と厳しい表情で告げた。平尾は心配するどころか、「そうか先生、世界初なんか」と顔を輝かせ、不安げに付き添う妻を振り返った。
 「おい聞いたか?俺ら、世界初のことやってるんや」
 このユーモアと巧まぬ愛嬌があればこそ、チームメートは平尾に絶大の信頼を寄せたのだ。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『平尾誠二 人を奮い立たせるリーダーの力』マガジンハウス編 マガジンハウス
『平尾誠二 自分を変える120の言葉』平尾誠二著 宝島文庫

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