建設会社を営む野田社長が、友人の相談を携えて賛多弁護士を訪れました。
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野田社長:今回は、人材派遣会社の社長をしている友人のトラブルについて相談しに来ました。
賛多弁護士:ご友人の法律相談も歓迎しますよ。どうされましたか?
野田社長:実は、友人の人材派遣会社の元従業員が退職後に独立したのですが、どうやら友人の会社の顧客名簿を持ち出して営業を仕掛けているようなのです。なんとかならないでしょうか。
賛多弁護士:不正競争防止法上の営業秘密の侵害行為に当たる可能性がありますね。
野田社長:なんとなく聞いたことがありますが、どういったものなのでしょうか。
賛多弁護士:不正競争防止法は、営業秘密として法律上保護されるべき情報を不正に取得・開示・使用することについて、民事上の措置及び刑事上の措置を定めております。
野田社長:営業秘密として保護されるべき情報とおっしゃりましたが、これはどのような情報なのでしょうか。
賛多弁護士:「営業秘密」については不正競争防止法2条6項にて規定されておりますが、その主たる要素は、①秘密に管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)、③公然と知られていないこと(非公知性)の3つです。①秘密管理性は、当該情報についてアクセス制限やマル秘表示といった秘密管理措置がなされていることを意味します。②有用性は、例えば脱税情報や不正情報など公序良俗に反する情報を法律上の保護の対象から外すものです。③非公知性は、一般に知られていない情報であることを意味します。
野田社長: なるほど、それなら顧客名簿は「営業秘密」に当たりそうですね。
賛多弁護士:実務的には①の秘密管理性が問題となる場合が多いです。秘密管理性が求められる趣旨は、企業が秘密として管理しようとする情報の範囲が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性を確保することにあります。裁判例の中には、顧客名簿につき「社外秘」「持出し厳禁」とのラベルを貼付して保管しつつも、実態としてはプリントアウトされた顧客名簿を全従業員に配布していたというケースで秘密管理性が否定された例もあります。したがって、①秘密管理性という要件との関係では運用実態も踏まえて秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性の有無の観点から実質的に検討する必要があります。
野田社長:なるほど、顧客名簿の当時の管理運用実態を友人に確認してみる必要がありそうですね。 ついでに私の会社の営業に関する情報の管理体制についても少し見直してみることにします。
賛多弁護士:そうですね。なお、必要な秘密管理措置の程度については経済産業省がガイドラインを出していますのでこちらが参考になるかと思われます。
野田社長:ありがとうございます。もし、元従業員の持出し行為が営業秘密の侵害行為に当たる場合、どうすることができるのでしょうか。
賛多弁護士:この場合、民事上の措置として、侵害行為の停止・予防を求める差止請求(不正競争防止法3条)や侵害行為による損害賠償請求(同法4条)をすることができます。また、損害賠償請求との関係では、損害額の推定(同法5条)や損害計算のための鑑定(同法8条)、立証が困難な場合の損害額の認定(同法9条)等が定められております。また、刑事上の措置として、一定の場合には営業秘密侵害罪(同法21条)として10年以下の懲役刑や2000万円以下の罰金刑等が定められておりますので、各都道府県警の担当課に相談して被害届を提出することも考えられます。
野田社長:ありがとうございます。友人に伝えてみます。
賛多弁護士:はい。万が一トラブルが解決しそうになかったら、いつでもお気軽にご相談くださって結構ですとお伝え下さい。
野田社長:分かりました、ありがとうございます。
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営業秘密に係る不正行為の類型については、不正競争防止法2条1項4号ないし10号に規定されております。
また、刑事責任に関して、営業秘密侵害罪だけでなく、場合によっては不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反の罪(同法11条等)や電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)、背任罪(同法247条)、横領罪(同法252条)、個人情報データベース等不正提供罪(個人情報保護法174条)に該当する可能性もあります。
※参照資料 ・参考裁判例
東京地判平成16年4月13日 判時1862号168頁
大阪地判平成8年4月16日 判時1588号139頁
東京地判平成12年10月31日 判時1768号107頁
東京地判平成20年11月26日 判時2040号126頁
経済産業省「営業秘密管理指針」(最終改定:平成31年1月23日)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html
経済産業省「逐条解説 不正競争防止法」(令和元年7月1日施行版)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/unfaircompetition_new.html
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 桑原 敦