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交渉力を備えよ(39) 予算の裏付けのない妥協はない

指導者たる者かくあるべし

 交渉の落ち着く先は妥協、双方の譲歩である。しかし追い込まれての妥協は往々にして準備が整わない。準備がないから、交渉妥結でほっとした瞬間から破綻が始まる。

 逆にいうと、妥協のない交渉はないから、交渉にあたっては妥協による影響を計算し備えておくことが欠かせない。備えがないから妥協、譲歩の結果を「敗北」と受け止め打ちひしがれることになる。そして妥協結果について経営責任を問われることになる。

 通産相として日米貿易構造の転換点となった繊維交渉を担った田中角栄は、勝利のための交渉を進める。

 田中は繊維摩擦を日米二国間の問題に極限して捉えてはいない。大局的な観点で見ていた。

 「繊維産業が戦後の経済復興を支えてきたが、いずれ人件費の安い東南アジア諸国に生産拠点は移る。それなら今が国内の繊維産業を合理化、高度化するチャンスだと考えた」と田中は振り返っている。

 産業高度化だけでは済まない。実際に全国津々浦々の中小繊維工場は、織機の廃棄とそれによる倒産も現実のものとなる。

 米国は本気だ。「輸出を適正な伸び率に抑えて、得べかりし利益の消失を補償する国内措置が必要だ」と平易な言葉で、通産官僚たちに説いた。極秘に妥協による損失額を算出させる。

 1971年10月1日。日米交渉は暗礁に乗り上げたまま、想定される交渉期限の10月15日が近づきつつあった。田中は大臣室に次官以下の通産官僚幹部たちを集めた。

 「さて、いくら必要なんだ」と田中。幹部の一人が答える。「対米輸出の伸びを5%に抑えたとして、2000億円です。それほど多額の予算確保は現実的にできません」。

 無理もない。この当時、通産省の年間予算の総額が2000億円である。そんな巨額をひねくり出せるわけがない。

 一通り悲観的な報告を聞いた田中は言った。

 「問題は…それだけなのか?」。返事はない。

 「問題はそれだけなのかと聞いているんだ」と畳みかける田中。

 「は、はい、それだけです」

 「よし、わかった」とうなずいた田中は決然と命じる。「その予算を取ろうじゃないか、だめなものをでかすのが政治家だ、おい秘書官、総理に電話をつなげ」

 電話口に総理、佐藤栄作が出ると、田中はおもむろに受話器を受け取った。  (この項、次回に続く)

 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※    参考文献

『早坂茂三の「田中角栄」回想録』  早坂茂三著 小学館
『田中角栄 頂点をきわめた男の物語―オヤジとわたし』  早坂茂三著 PHP文庫
『田中角栄の資源戦争』  山岡淳一郎著 草思社文庫
『日米貿易摩擦―対立と協調の構図』  金川徹著 啓文社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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