■モダンな共同浴場にリニューアル
山口県北部に位置する長門湯本温泉は、中国地方を代表する温泉地のひとつ。音信川沿いに十数軒の温泉宿が林立する。その多くが近代的な高層の建物だが、温泉街はどこかのんびりとした雰囲気が漂う。
長門湯本温泉の開湯は、今からおよそ600年前の1427年。室町時代に大寧寺の住職が、「住吉大明神」からのお告げを聞いて発見したという。山口県で最も古い歴史をもつ温泉で、泉源は現在でも大寧寺が所有している。まさに「寺湯」として発展してきた温泉である。
長門湯本温泉を訪れたら、ぜひ入湯してもらいたいのが、温泉街の湯元である共同浴場「恩湯」だ。2020年にリニューアルされたモダンで、デザイン性に富んだ建物は、一見共同浴場とは気づかないかもしれない。近年、長門湯本で進んでいた官民一体の温泉街再生プロジェクトの一環として生まれ変わった。
だが、現在の建物は、かつての恩湯とは似ても似つかないものだった。筆者が初めて入浴したのは約15年前のこと。朱色の橋のたもとに建つ浴舎は、重厚な瓦屋根と「湯本温泉」のネオンが目印。夜になると赤いネオンが妖しく輝く。どことなく懐かしさを感じさせるレトロな外観であった。
■長湯が常連のスタイル
夕方に恩湯を訪れると、入浴セットを抱えた人々が次々と建物に吸い込まれていく。観光客も多い温泉地だが、入浴客のほとんどは地元の常連さんのようだった。
番台のおばあさんにチケットを渡すと、見かけない顔だからだろう、「おやっ」という表情をされた。そして、「ここは、タオルや石鹸はない温泉だけど大丈夫?」「ぬるいお湯だけど、それでもいいの?」と念を押されてしまった。
おそらく地元の人の普段使いの湯であることを知らずに気軽に立ち寄った観光客から、苦情を言われることもあるのだろう。おばあさんを安心させるため、「前にも来たことがありますよ」と口から出まかせを言うと、おばあさんは「それはよかった。ゆっくり入っていって」と、クシャっとした可愛らしい笑顔を見せてくれた。
こぢんまりとした浴室には、6人くらいが浸かれる御影石づくりの湯船が2つ並んでいた。湯船が深くなっているのが特徴で、立った状態だと腰くらいまで湯がくる。だから、肩まで浸かるには、湯船内の段差に腰かけるか、中腰の体勢になる必要がある。
見るからにピュアな透明湯は100%かけ流し。わずかにほんのりと硫黄が香る。pHの値が9を超えるアルカリ性の湯は、スベスベを通り越して、ヌルヌルとするのが特徴だ。
39℃のぬるめの湯は、長湯をするにはもってこい。長湯が「恩湯」のスタイルのようで、なかには眠っているのではないかと思うくらい微動だにしないお年寄りもいた。たしかに眠くなるほどにやさしく、ぬくもりのある湯であった。
■泉源を見ながら浸かる贅沢
筆者も地元のみなさんのまねをして、ジーッと動くことなく湯に身を預けていると、隣のおじいさんに話しかけられた。「どこから来たんだ?」。地元の人間でないことは、お見通しのようだ。
「日本中の温泉をめぐって旅をしている」と答えると、おじいさんは「湯本の湯が一番いいだろう?」と自信満々の様子で聞いてきた。地元の人にとっては、自慢の湯なのだろう。胸を張れるような温泉の近くに住んでいるおじいさんをうらやましく思った。
「いつもどのくらいの間、湯に浸かっているんですか?」とおじいさんに尋ねると、「普段は45分くらい。空いているときは1時間半入ることもある」とのこと。長時間入っていられるのも、ぬるくて、やさしい湯という条件がそろっているからにほかならない。
そんな良質な源泉は、リニューアルされた今も変わらない。浴室や湯船はモダンなつくりになったが、深さ1mの湯船に、ぬるめの透明湯がかけ流されている。
大きく変わったのは、湯船の奥に源泉が湧き出す岩盤が広がり、それを見ながら入浴できること。泉源を間近に見られる温泉は珍しい。温泉が大地の恵みであることを実感できる湯船である。