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人間学・古典

第63回 「去る者は日々に疎くなし~新将命氏の三回忌に」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 諺に言う、「去る者は日々に疎し」と。何もかもが加速を早める時代の中で、この言葉は更に実感を増している。どんな著名人でも亡くなって一か月も経たないうちに、すでに忘却の人となる。

 一方で「人は二度死ぬ」とも言う。最初は言うまでもなく肉体の死だ。二度目は、故人のことを想い、語る人が誰もいなくなった時に訪れる。もっとも、これには蛇足に等しい注釈が必要だろう。多くの人が徳川家康を語るからと言って、家康が二度目の死を迎えていないわけではない。厳密に言えば、本人を知る人、同時代人と付け加える必要があるのかもしれない。


 日々の生活の中でも、ふとお世話になった先人に想いを馳せる折、自分の年齢は棚に上げて「もう亡くなって〇年経つのか」と時の流れの速さに驚くことはしばしばだ。日々の雑多な用事に紛れて、大事な人の事を簡単に忘却の彼方に放り出してしまうことに後ろめたさを覚えることも多い。物を忘れるのは人間に与えられた能力の一つとは言え、お世話になった方々のことはいつまでも心に留めておきたいものだ。親子や血縁、姻族などは、何年かに一度、法要などの席で故人を偲ぶ機会もあるだろう。問題は、血縁のない知人や恩師などの関係にある人だ。


 我々は、今までの時間の中で、どれほど多くの大事な人々を喪って来ただろうか。祖父母、両親、伯父叔母をはじめ、兄弟姉妹、先輩後輩、友人知人、恋人、盟友…。試みに、一度数えてみたことがある。数で言えば圧倒的に多かったのは、仕事柄いろいろな教えを受けた演劇人だった。俳優、演出家、劇作家、批評家、プロデューサー、その他のスタッフの方々…。次に多かったのは、友人知人だった。哀しい記憶を呼び覚ませば、中学生の同級生の病死に始まるかもしれない。

 亡くなった人に想いを致すことは、当然ながら過去を振り返ることである。時に悦び、恥ずかしさ、後悔、さまざまな感情が交錯する。このエッセイをお読みいただいている方々はご存じの方も多いだろうが、間もなくビジネス界のトップリーダーとして生涯を駆け抜けた「新将命」氏の三回忌を迎える。膨大な数の書籍、数え切れないほどの講演などで、その謦咳に接した方も多いだろう。80歳を超えてなおそのエネルギッシュな活躍ぶりには目を見張るばかりで、後を追い駆けるのが大変なほどの俊足だったが、晩年に相当する10年ほどの間、親しくお付き合いをいただいた事は得難い歓びであり、それだけに喪失感も大きい。

 

 新氏との想い出は多くの方がお持ちだろうし、私が事々しく語るまでもないだろう。最も嬉しかったことを書く。ビジネスの先端を走り続けた氏の仕事は、総称すれば「有用の学」だ。経営者として、ビジネス・リーダーとして、どう考え、どう行動すれば成果が上がるのか。誰もが知りたく、その方法を模索し、努力を重ねている。それを惜しみなく後進の育成のために自らの経験に重ね、得た知識を広めたのは素晴らしいことだ。

 一方で、私が勉強し、研究している「日本の伝統・文化」などは、直接にビジネスの役に立つものではない。歌舞伎のことを知らないからと言って売り上げには影響しないし、歴史の事実を見過ごしたところで血圧が変動するわけではない。言ってみれば、「人生のおまけ」のような部分だ。

 新氏は、私がしていることを「無用の学」だと看破してくださった。無論、全くいらないというわけではなく、ビジネスにおいては、との意味でだ。人間は、「有用の学」と「無用の学」の二つを併せ持たなければ厚みや深みが出ず、魅力がない。そう綺麗に説明をし、定義してくださったのは、氏が初めてだった。私は、長い歳月を掛けて自分がしていることの本質を明確に言葉にしてくださったことが例えようもなく嬉しかった。

 実のところ、氏が抱えている「無用の学」も相当なレベルのものであることは、皆さんもご承知だろう。だからこそ、あれだけ多くの人を惹き付ける巧みな話術や実用的な書籍が生み出されたのだ。実用一辺倒でできる話ではない。仮に、オペラやクラシックなどを話題にし、本気で語り合ったら私は叶わなかっただろう。しかし、氏はそうしたご自身の深さはおくびにも出さず、ジョークのスパイスを振りかけて、食事や酒席の話題にされる程度の粋な計らいを見せてくださった。年下でも専門家を名乗る者への細やかな配慮に他ならない。物を言うのに遠慮のない関係を作ってくださったのも素敵で、これには奥様の得難い優しさと明るさの貢献度も大きい。しかし、「昭和の男」の含羞はそれを認めなかったが。

 私の父は20年以上前に世を去った。氏にも奥様にも大変失礼な話だが、私は氏の中に亡き「父」の姿を追い求めていたのかもしれない。私の父は、氏とは比べるのも失礼な生き方しかしなかった。正確に言えば、こういう父がほしかった、という理想の姿を氏の中に見ていたのだろう。

 歳月を重ねることは「師」を喪うことでもある。しかし、一人書斎で腕を組んでいても、下手の考え休むに似たり、で名案は浮かばない。そんな時に、聞こえぬ氏の声を聴こうとしている自分がいる。

 「去る者は日々に疎」くなどないのだ。

 

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