政治とカネをめぐる既視感
石破茂内閣が誕生して衆議院が解散された。政治の焦点は、15日公示―27日投開票の総選挙へと移る。
与党自民党の政治資金規正法違反に端を発した「政治とカネ」をめぐる政治改革の行方が最大の争点となるが、このテーマ、筆者には、どうにも既視感が拭えない。1988年に発覚したリクルート事件で、多くの自民党政治家、官僚が収賄で立件された後の混乱だ。
当時、万年与党だった自民党の若手議員らが危機感を持って政治改革の勉強会「ユートピア政治研究会」を立ち上げた。当選一回目の石破茂もその中の一員だった。やがて、自民党最大派閥だった竹下派の金丸信が佐川急便から5億円の不正な資金を受けていたことが発覚し、小沢一郎らが自民党を割って新生党を創設し、社会党、公明党、日本新党などとの細川連立政権が生まれ、自民党の一党支配に終止符が打たれた、この激動の時代に筆者は、国会担当社会部記者として、つぶさに政治劇を取材した。
石破は、この流れの中で、新生党から新進党へと小沢と行動をともにし、小沢の政治路線と対立して、離党、やがて自民党に復党している。
今回の自民党総裁選挙では、「五度目の挑戦で、執念の総裁へ」の側面ばかりが強調されたが、彼は、こうした政治改革の激動の中で政治家人生をスタートさせている。その情熱が消えていないなら、彼にとって政治改革は信念でもある。
二大政党制は、政策の鮮明な対立があってこそ
1990年代の政治の激動は、政治とカネの問題をめぐる政治改革とともに、選挙制度改革が大きな焦点となった。衆議院選挙において、中選挙区制が、金のかかり派閥を生み出す原因だとして、各党が1選挙区で一人しか候補を立てない小選挙区制が導入された。
小選挙区制によって、二大政党間の政権交代も容易となり、政治の活性化が期待された。しかし、細川政権が誕生したのは、小選挙区制が導入される前の中選挙区制での総選挙だ。また、その後も政権交代で自民党が下野したのは、2009年の民主党政権誕生のただ一回だけで、期待はずれに終わっている。
二大政党制の米国や、英国で頻繁に政権交代が起きるのは、両政党間に政策の鮮明な差があるためだとされる。例えば、米国では、民主党が福祉政策などに力を入れて、「大きな政府」を目指すのに対して、共和党は、「福祉、保険制度は自己責任」の原則による「小さな政府」を志向し、差は明確だ。英国でも労働党と保守党の間に同様の政策差が鮮明で、有権者の投票判断に反映される。
日本では、本来、小さな政府を目指す保守党の自民党が福祉再策でのばらまき傾向は立憲民主党と大差なく、改憲、防衛論議でも両党に違いは小さい。有権者が投票先を判断する政策差が明確でない。
民主主義は国民の質を反映する
「デモクラシー(民主政治)」とは、民衆の多数の意思を支配原理とする。多数の意思は選挙結果によって示される。米国の建国間もない(それはフランス革命のからも遠くない時期でもあるが)1831年にアメリカの民主主義の現場を視察したフランス人、アレクシ・ド・トクヴィルは、9か月の視察の驚きを「アメリカの民主主義」にまとめた。今もアメリカの政治制度の理解の手引きとなっている。
フランスといえば、人権宣言に見られるように王政を打倒して平等・自由・博愛の旗を打ち立てた民主主義の先頭を行く国に見えるが、その国から来たトクヴィルにとって、津々浦々まで選挙、陪審員制度で運営される「民主の国」アメリカは驚きだった。「アメリカの民主主義は、未来のフランスの姿である」とまで絶賛している。その手本国のアメリカでも、近づく大統領選挙の報道を見ると、政策論争そっちのけで個人攻撃に走り、民主主義の劣化の兆しも見える。
さて日本も、大多数の国民が傍目で見守るしかなかった自民党総裁選、立憲民主党の代表選とは違い、自らの意思を表明する総選挙の機会が「やっと」訪れた。
この国の未来を託す政治を選ぶチャンスだ。「誰に入れてもさほど」と、しらけて棄権などしている場合ではない。
「民主主義においては、人々は自分たちにふさわしい政府しか持てない」。フランス革命期の思想家、ジョゼフ・ド・メーストルの警句である。
政府の劣化は、有権者の劣化でもあるのだ。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com