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【昭和の大経営者】ソニー創業者・井深大の肉声

楠木建の「経営知になる考え方」

昭和が生んだ日本の大経営者、ソニー創業者・井深大

 前回に引き続き、昭和の日本が生んだ大経営者の肉声を回想する。技術の本田、商売の藤沢――ホンダを世界的な自動車メーカーにした名コンビと双璧を成すのが、ソニー創業者の井深大と盛田昭夫だった。

 井深は82歳で取締役を退任し、経営の一線から身を引いている。そのときの記事にある肉声だ。

「人のやっていることはやるな。人のやらないことだけに集中しよう」というのが、その当時からの私のポリシーでした。あの時代、ラジオをこしらえていれば食っていけるということはわかっていたんです。だけど、ラジオなら、よその会社がどこでもやる。

 井深は日本になかったテープレコーダーに狙いを定め、戦後間もない1950年、初の国産機の発売にこぎつける。これが裁判所や学校に売れ、経営はどうにか安定した。次に乗り出したのが、発明されたばかりのトランジスタだった。

ソニーの基盤を作った「トランジスタ」との出会い

 トランジスタは1947年にアメリカで誕生した技術だ。しかし、この技術が花開いたのは、日本の中小企業に過ぎなかったソニーが開発したトランジスタ・ラジオだった。1957年に発売された世界最小のスピーカーつきラジオの大成功が世界のソニーの基盤をつくった。

 コンシューマー・プロダクツ、つまり一般の消費者の人が使う市販製品を作る、というのが私のポリシーでした。プロ用のもの、あるいは役所に納める製品はつくらない。

 というのは、戦争中われわれは、ほとんど役所や軍のものばかり作っていたわけです。ところが軍には軍の、役所には役所の仕様書があって、その通りに作らなければならない。いくらいい発想をしても、勝手に改良するわけにはいかないんです。

 ものを良くするためには、どんどん変えていかなければならない、というのが我々の強い発想です。スタンダードにとどまっていては、進歩はない。それができるのはコンシューマー・プロダクツしかないんです。

 トランジスタの話を聞いた井深は、生まれたばかりで使い途もまだよくわからない技術をあくまでも「自分ごと」としてとらえていた。

世界に笑われた敗戦国の無名企業ソニー 井深大の意志と信念

 ソニーの中央研究所長を長く務めた菊池誠は、著書『日本の半導体四〇年』の中で痺れるようなエピソードを紹介している。

 1953年、ニューヨークに渡った井深は、トランジスタの製造特許を持つウェスタン・エレクトリックの重役たちの朝食会に招かれた。何に関心があるのかと聞かれた井深は即座に「トランジスタでラジオをつくろうと思う」――周りがいっせいに笑った。素朴な少年の夢物語を大人たちが面白がっているような様子だったと言う。

 トランジスタは当時の最先端技術で、それだけにまだわかっていないことも多く、性能は不安定だった。それで民生品のラジオをつくるというのは、どうかしている――これが先進国アメリカの半導体業界の人々の反応でした。やめておいたほうがいい、と井深は何度も忠告された。

 敗戦国の無名の会社がなぜ世界を席巻する商品を作ることができたのか。「トランジスタはラジオだ」と決めた井深の意志がすべての始まりだった。

 欧米では、最高のテクニック、最新の技術というのは、まず軍事用、業務用に使うもので、一般向けの商品には夢にも使うものじゃない、という観念がある。ところがこっちは、つい昨日、理論が生まれたようなものでも、商品の中に取り入れるということがザラなんです。

 退任に際して井深はこう語っている。

私は、会社というものに、「こうすべし」とか「こうあらねばならぬ」といった創業以来の大方針みたいなものは全く不要だと思うんです。そんな決まった形にとらわれないで、そのときどきの経営者が、自分の個性で引っ張っていけばいいと思う。次に別の人間が社長になれば、またその人の個性に従ってやっていけばいい。前の社長がこうやったから、それを引き継いで、なんてことはあんまり意味がない。どんな変化にも対応できる人が経営者となって、どんどん会社を変えていく、それが一番、おもしろい特性というものが発揮できるんじゃないですか。

 「ものを良くするためには、どんどん変えていかなければならない」という井深にとって、ソニーという会社もまた自分の生んだプロダクトだった。

 

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