ローカル食品スーパー「クックマート」の実行能力の高さはどこから生まれるのか
前回はローカル食品スーパー「クックマート」の競争戦略をトレードオフ――あちらを立てればこちらが立たず――の選択という観点から考察した。
クックマートの戦略は「気づき、考える人々」によって支えられている。現場に大きく依存した経営といっていい。あらゆる戦略は実行するためにある。実行されない戦略は机上の空論だ。クックマートの戦略が秀逸なのは、戦略的ポジショニングが独自であるのみならず、それを実行する能力の構築にも目配りが利いていることにある。
現場に大きな裁量のあるクックマートには、生鮮食品とローカル需要を熟知し、現場で気づき、考え、判断できる多種多様な人材がいる。彼らが自由闊達に動くことによって、売場や商品にダイナミズムが生まれ、本部だけでは企画できないような面白い売り場と人気商品が生まれる。しかも、ひとつの成功例がすばやく他の店舗にも横展開される。本部からの上意下達では、こうした売り場や商品はつくれないし、定着しない。
他者にマネされない「組織特殊性」
競争戦略論では、さまざまな経営資源のなかで、「組織特殊性」の条件を満たすものを一般の経営資源と区別して能力(capability)と呼ぶ。組織特殊性とは、平たくいえば「他者が簡単にはまねできず(まねしようと思っても大きなコストがかかる)、市場でも容易には買えない」ということだ。自発的な創意工夫、商品構成や値付けについての自発的な判断、そうした能力を持つ人々で構成される現場のチームは、一朝一夕に手に入るものではない。まさしく組織の能力だ。模倣が難しい組織能力がクックマートの競争優位の中核にあることは間違いない。
ただし、クックマートの経営を「ボトムアップ型」と理解するのは間違っている。クックマートの組織能力は自然発生的に湧き上がってきたわけではない。経営者が戦略的な意思をもって練り上げてきたものだ。ようするに、能力構築も含めてすべては経営者次第。「現場力」の美名の裏で、実態は現場丸投げ――これではただの経営不全、戦略不在だ。クックマートの経営はその手の「似非ボトムアップ経営」とは一線を画している。
「ターゲット社員の定義」
クックマートの組織能力の構築において経営者が果たしている役割として、以下の2点が指摘できる。第1にターゲット社員の定義。能力は人に体化されている。戦略がターゲット顧客の絞り込みを必要とするように、能力構築においてはターゲット社員をはっきりとさせることが不可欠となる。
クックマートのターゲット社員は「マイルドヤンキー」――本格派のヤンキーのような攻撃的な不良ではなく、地元志向が強く、同年代の友人や家族との仲間意識をベースとした生活をする層――だ。
彼らは地元に住み、地元に根差す人々だ。ターゲット顧客であるローカルな生活者の思考と指向と嗜好を自然と理解できる。「地元の普通の人々」たちが楽しく、納得感を持って仕事ができる組織をつくれば、ターゲット顧客に対する価値創造が可能になる。「人材獲得」「人材育成」というと、そもそもモチベーションが強く、上昇志向があり、スキル習得に熱心な層を重視しがちだ。しかし、クックマートはそうした人々は相手にしない。
ようするに、競争市場だけではなく、労働市場でもはっきりとしたトレードオフを選択し、独自のポジションをとっている。これはあくまでも経営者の戦略的な意思決定だ。ボトムアップでやっているうちに気づいてみたらそうなっていた、ではない。
「戦略コンセプトにあう仕組みの設計」
第2に、マネジメントのためのユニークな仕組みの設計。「シンプルでざっくりした」人事制度、定期的なリアルイベント、「ユルい」部活動、社長による対話型の研修、社内SNSによるカジュアルな情報共有などなどさまざまなものがある。どれをとっても、「楽しむ、楽しませる」という戦略コンセプトをブレイクダウンする中で経営者自らが作っていったものだ。
考えてみると、マイルドヤンキー(=ローカルで生活する普通の人々)のマネジメントは、クックマートのみならず、日本全体にとっても重要な示唆を含んでいる。なぜなら、日本全体で見ると、そういう人の方が圧倒的に多いからだ。世間で語られている人事制度やキャリア開発は「東京のエリート」視点に偏っている。新聞やビジネス誌で喧伝されているようなキャリアモデルやキャリアプランに興味がない人もたくさんいる。労働市場で厚い層を形成しているのは、むしろそうした人々のはずだ。