【1】習近平・李克強新体制が始動する
今年3月に中国の全人代が開催し、習近平氏が国家主席に、李克強氏が首相にそれぞれ選出される予定。政権交代が完成し、習近平・李克強新体制が始動する。権力闘争は一段落し、暫くは政治安定が維持される見通しである。
ただし、政権交代の完成まで、あと2ヵ月が残っており、新旧体制の権力移行期にあたる。この間、特に突発事件の発生は要注意である。2003年3月の新型肺炎(SASS)をめぐる政府対応の失態や2008年3月のチベット暴動などは、いずれも権力移行期に発生した突発事件である。
今年中国政治の最大の見どころは政治改革の着手かもしれない。その起爆剤として、習近平新体制は次の2つの行動に出る可能性が高い。1つは腐敗現象の蔓延にメスを入れ、汚職幹部を厳罰すること。2つ目は、ノーベル平和賞2010年度受賞者、いま服役中の劉暁波氏を釈放する。前者は国民の怒りを緩和し、後者は国際イメージのアップを狙う。
劉氏は「零八憲章」の起草者として世界に知られる人権活動家であり、2009年に「国家政権転覆扇動罪」で中国の公安当局に逮捕され、実刑判決11年を言い渡された。言論を犯罪行為と断じるこの裁判は、国民の「言論の自由」を保障する中国の憲法に抵触する疑いがあるとして、国内外の批判と反発を受けている。130人にのぼるノーベル賞受賞者をはじめ、国際的には中国政府に劉暁波氏の釈放を求める署名活動を展開している。
習近平新体制は、劉氏を釈放しても政権運営に悪影響がなく、むしろ国際イメージのアップに繋がると判断すれば、健康上の理由を付けて劉氏を釈放する。
【3】「海洋省」新設など新たな行政改革も
政府活動の効率を高めるために、新たな行政改革を実施する。既存の交通省と鉄道省を「交通省」に、文化省やテレビ・放送総局、出版局などを「文化省」にそれぞれ統合する。海洋権益を保護するために、「海洋省」を新設する可能性も高い。いずれも3月開催の全人代で審議を通じて決定する。
【4】「対米協調」を習近平新体制の外交政策の基軸に
「親米派」と言われる習近平氏は、「対米強調」を基軸とする外交政策を実行する。アメリカは習近平氏の外遊回数が最も多い国であり、これまで5回も訪問した。1回目は1985年河北省正定県書記在任中のことであり、米アイオワ州を訪問し普通の米国人家庭にホームステーもした。2回目と3回目は福建省福州市書記在任中、4回目は浙江省書記在任中、5回目は昨年2月国家副主席在任中のことである。習氏の娘・習明沢さんは今もハーバード大学に留学している。
そもそも対米協調は鄧小平以来の中国の国策であり、習近平新体制もこの国策を継続すると見られる。ただし、日本に対し、習近平体制は強硬姿勢を続ける可能性が高いと思う。
実は、習近平氏の日米に対するイメージのギャップが非常に大きい。2012年2月6日、習近平国家副主席の米国訪問の直前、王立軍・重慶市副市長のアメリカ成都領事館に駆け込み亡命事件が発生したが、オバマ政権は習氏の米国訪問および米中関係の大局を重んじ、王立軍の亡命申請を拒否した。さらに、習氏の米国訪問期間中、オバマ大統領は習氏と会談するほか、バイテン副大統領は習氏の訪問を終始同行した。礼儀尽くしのアメリカ政府の「大人らしい」対応に対し、習近平氏は感銘を受けたという。
一方、習氏は2009年に日本を訪問した時、天皇陛下との会見は「1ヵ月ルール」を破った「特例会見」として問題視され、宮内庁長官の記者会見やマスコミの大騒ぎなどを通じて、せっかくの親善訪問に水が差された。日本側の「子供っぽい」対応に対する習氏のイメージが良くない。
さらに、昨年9月、習近平氏が胡錦濤氏からバトンを受ける直前、日本政府は「尖閣諸島(中国名:釣魚島)国有化」を決定した。習近平氏から見れば、日本政府は中国の政権交代を撹乱しようすると受け止める。これは絶対に許せず、事実、習氏は野田政権の決定を「茶番劇」と強く批判している。習近平新体制は当面、対日強硬姿勢が続くだろう。
【5】日中関係の改善は7月以降
習近平氏は庶民出身の前任胡錦濤氏と違い、元副首相の父親を持つ「太子党」である。父親の関係で党内に幅広い人脈を持つ。また、習氏のトップ就任は党内実力者や前任者の指名によるものではなく、(秘密推薦選挙を含む)選挙の結果という党内「民意」の反映であり、幅広い支持基盤を持っている。従って、習近平氏は前任者より強い政策指向を打ち出しやすい。
一方、安倍氏も元首相の祖父を持つ「太子党」であり、昨年11月の衆議院選挙で圧倒的多数の議席を獲得した自民党の総裁でもある。対外的には「超強硬派」として、世界に知られる。従って、習近平・安倍両政権時代の日中関係は「太子党対太子党」「強硬対強硬」が特徴となる。特に、安倍氏は選挙時に国民に約束した「尖閣に公務員駐在、自衛隊派遣」を実行に移せば、2013年に新たな日中衝突は避けられない。
ただし、強硬派こそ決断力と行動力を持つ側面も否定できない。毛沢東氏は嘗て次のように述べたことがある。「私は右派(保守派)が好きだ」と。実は、1964年に中国と国交樹立を決断したフランス大統領ドゴールは「右派」政治家だ。1972年2月に世界を震撼させたアメリカ大統領訪中の主役ニクソン氏も「反共強硬派」として知られる。同年9月に中国を訪問し、日中国交樹立を決断した田中角栄元首相も保守派政治家だ。確かに、中国の共産党政権との関係を劇的に改善したのは、いずれも保守系政治家で、毛沢東の表現を借りれば「右派」である。保守系政治家はイデオロギーにこだわらず、環境変化に現実的に対応し、決断できる力を持つからだ。しかも国民を説得し易い側面もある。この意味で、「太子党対太子党」、「強硬派対強硬派」は、決して悪いことばかりではなく、日中関係の難局を打開する可能性も秘められる。2006年、当時の安倍首相が中国を最初の外遊先に選び、小泉政権時代に悪化した日中関係を一気に改善したことは良い実例だ。
日中双方の政治日程から見れば、日中関係の早期改善が物理的には難しい。今年3月に習近平氏を国家主席に、李克強氏を首相に選出する全人代の選挙があり、日本では7月に参議院選挙が予定される。日中関係の改善があるとすれば、7月以降と思う。「日中平和友好条約」締結35周年に当たる今年10月は、日中関係が良い方向に動き出す可能性が大きい。
【6】経済成長率は8%へ
2012年中国経済はユーロ危機の影響などによって、景気減速が続き、成長率が前年の9.3%から7.8%へと低下した。しかし、6月と7月に2回にわたり利下げを断行し、第3四半期からはインフラを中心とする数多くの大型投資案件も実施した結果、8月には景気の底打ちが確認され、第4四半期からは景気改善に転じた。
2013年は習近平・李克強新体制が始動する年である。これまでの経験則によれば、新体制が始動する年には成長率が高い。例えば、胡耀邦・趙紫陽体制が始動する1983年(10.9%増)、江沢民・李鵬体制が始動する1993年(14%増)、胡錦濤・温家宝体制が始動する2003年(10%増)など、いずれも経済成長率が高かった。
2013年は昨年第4四半期の景気好転の勢いが維持され、通年では8%成長になるだろう。
【7】住宅価格もインフレ率も上昇
2013年中国の住宅価格もインフレ率も上昇する確率が高く、警戒する必要がある。政府当局の金融緩和政策によって、不動産市場に流れる資金が増え、住宅価格の下落に歯止めがかかり、昨年末からは価格上昇に転じた。今年は景気好転に伴い、住宅価格が上昇する。
一方、インフレ率も上昇するだろう。経済成長率と同じように、物価上昇率も昨年第3四半期は底(1.9%)を打ち、第4四半期から2.1%へと上昇傾向に
転じた。通年のインフレ率は2.6%。今年は3%超になると見て良い。住宅価格も、インフレも、いずれも要警戒だ。
【8】株価上昇の確率は8割以上、上海株価総合指数2500ポイントが目途
2012年中国経済は世界トップクラスの成長率を維持したにもかかわらず、株価の上昇率はわずか3.7%で主要国の中で最低水準にとどまる。これは中国経済の失速懸念が強まり、見通しの不透明感が漂うことと密接な関係にある。2013年の中国経済の見通しは前年に比べ明るい。新体制始動の年に株価も上昇するという経験則があり、前年の株価低迷に対する反発もあり、今年株価上昇の確率は8割以上と見ていい。上海総合株価指数2500ポイントは目安となる。
【9】現役は10%賃上げ、年金生活者は10%受給アップへ
昨年の党大会で2020年の国民所得を2010年の2倍にするという「国民所得倍増計画」が発表され、今年からは実施し始める。その一環として公務員、学校教職員、団体職員、企業従業員などの給料を今年約10%アップする見通し。現役の賃上げに先立ち、年金生活者の受給金額を今年1月1日より10%アップを実施すると、国務院が決定。9年連続の受給アップとなり、実施後の1人当たり年金受給額は1893元(2万7070円に相当)で、2005年の2.7倍に相当。日本に比べ、年金受給の絶対額はまだ低いが、9年連絡アップは日本ではとても想像付かない。国民所得の増加によって、消費刺激の効果が期待される。
【10】米国と連携し為替操作による急激な「円安」をけん制する
安倍ノミクスの重要な一環は円安・株高政策である。株価対策は完全に内政問題で、中国は口を出すことはまずない。ただし、円安誘導政策は外貨準備の円資産の為替差損にかかわるため、中国は警戒している。特に、安倍政権は明確な為替目標(甘利明経済再生担当相の発言「1㌦=100円未満が適正」)を設定しながら円安を誘導することは、為替操作の疑いがあるとして、中国は何らかのけん制措置をとるだろう。
一方、アメリカ政府も安倍政権の為替操作による急激な円安を座視できない。周知の通り、オバマ政権は国内雇用創出のため、2014年の輸出を2009年の2倍にするという「輸出倍増計画」を政権公約として掲げている。安倍政権の円安誘導政策は中国や韓国、ASEAN諸国の通貨安誘導の連鎖反応を招き、米国の輸出競争力を削ぎ、目標の実現を危うくする恐れがある。アメリカは急激な円安に反撃する可能性が高く、最悪の場合は日本を「為替操縦国」を認定することも考えられないわけではない。
為替操作による「円安」をけん制することでは、米中の思惑は意外に一致している。米中連携で円安阻止のシナリオもあり得る。日本企業はこの為替リスクを見落としてはいけない。