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挑戦の決断(8) 時代の変革期に先手を取る(足利尊氏)

指導者たる者かくあるべし

 もう一つの倒幕運動
 鎌倉幕府の末期、後醍醐天皇は幕府を放逐し自ら権力を握った。建武の新政である。倒幕運動というと勤皇の志士たちによる明治維新の代名詞のようなものだが、後醍醐による倒幕もなかなかダイナミックな政治運動だ。
 その倒幕運動の立役者というと後醍醐の忠臣・楠木正成の活躍が数々の物語で取り上げられる一方で後醍醐を支え幕府に反旗を翻した足利尊氏の影は薄い。戦前の皇国史観では、天皇を追い落とした権力簒奪者のイメージが刷り込まれたからだ。しかし社会経済の変革期の時代精神を的確に読み、新しい時代を開いたのは尊氏なのだ。
 源頼朝が開いた武家政権は、二度の元寇の危機をしのぎ、北条氏が執権として政治の実権を握っていたが、統治の実態は危機に瀕していた。寺社・公家たちが所有する荘園の実質的な経営を任されていた武士勢力は、代を重ねるごとに兄弟間の分割相続で領地は細分化され、生活に行き詰まるようになる。それに伴って土地の所有権をめぐる訴訟も頻発した。さらに新たに勃興してきた輸送業者、商工業らを権力構図に取り込めなくなっていた。
 清和源氏の流れを汲む下野国の名門御家人である足利家の棟梁、尊氏は北条氏を支える有力な軍団を率いていたが、北条政権に替わる体制が急務だと感じていた。倒幕の機会をうかがう。
 
 同床異夢
 一方、日本国統治の権威である朝廷も混乱していた。皇位継承をめぐって二つの派閥(持明院統と大覚寺統)のいざこざが絶えず、その調停に幕府が関与した。その干渉によって、権威(朝廷)と権力(幕府)のバランスがかろうじて保たれていた。そこに現れた異端が、野心家の後醍醐天皇だ。幕府の影響力を排して自らの血統で皇統を継ぐべく決意する。二度のクーデターに失敗し、隠岐島に流されていた。
 その後醍醐が島を脱出し伯耆(ほうき)の船上山に拠点を構える。
 「これは倒幕の権威として使える」と尊氏が考えたのは、幕府から後醍醐追討の軍を率いて上洛する途上だった。謀反の意を隠したまま、船上山に密使を送り、倒幕挙兵の綸旨(りんじ=天皇の命令)を出させる。さらに綸旨発出を伏せたまま、山陰路を進軍する。北条方の出方を見極め、密かに各地の御家人に天皇命であるとして、挙兵を呼びかける。あとは一気呵成に、京都警護の六波羅探題を壊滅させて、後醍醐を京に迎える。
 クーデターは成功したが、後醍醐と尊氏、目指すところは全く違う。天皇による直接政治(親政)か、権力奪取か。同床異夢であった。
 後醍醐は幕府再興を恐れて尊氏を新政権から排除する。倒幕の功労者であることは認めつつも征夷大将軍の官名は与えない。尊氏は、建武政権からあえて距離を置く。行政経験のない烏合の衆の公家一統政権の瓦解を見越してのことだ。やがて後醍醐の直接決済で下した強引な土地訴訟処理への不満が武士や寺社から沸き起こるのを待って、後醍醐を都から吉野へ追い落とした。
 
 利用できる権威を創出する
 権威と軍事力。この国の中世では、その双方が結びついてこそ権力を掌握維持できた。朝廷だけでは、また幕府だけでは統治は不能なのである。尊氏はどうしたか。新たな権威を指名し担いだのである。
 光明天皇を即位させて、新天皇から征夷大将軍の官位を手に入れる。お飾りとしての天皇を権威として創出するのである。明智光秀が織田信長を殺して権力掌握に近づきながら、天下取りを果たせなかったのは、権威を担げなかったからである。
 尊氏にはさらに冷徹な一面がある。御家人の統制に力のあった足利家執事の高師直兄弟を切り捨て、弟直義も征討する。それに先立ち、鎌倉を攻めて北条氏を滅ぼし政権奪取にもっとも貢献して後醍醐方についた新田義貞も北陸に追い落としている。
 時代転換の空気を敏感に感じ取り行動を決断した尊氏は、権威を利用できるだけ利用しては切り捨て、ナンバー2も次々と死に追いやる。権力掌握の決断と行動の速さはマキャベリー的には見事という他はないが、読者諸兄も下手に真似をすれば、死後の評価が悲惨なものであることは覚悟しておく必要があるだろう。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
 
※参考文献
『日本の歴史8蒙古襲来』黒田俊雄著 中公文庫
『足利尊氏』森茂暁著 角川選書
『太平記一』岩波書店

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