マネジメント
挑戦の決断(34) 未知の感染症との戦い(スペイン風邪と旧内務省衛生局)
三波にわたり国内で45万人が死亡
新型コロナウイルスによる感染爆発の勢いは未だ衰えず人々の不安感は日に日に増している。同じような感染症の世界的流行爆発が100年前にもあった。1918年(大正7年)から1920年(同9年)にかけての、いわゆるスペイン風邪(流行性感冒)の三波にわたる大流行である。
感染源は特定されていないが、第一次世界大戦下の欧州の戦場で兵士たちの間に蔓延し、帰還兵たちが母国に持ち込みパンデミックとなった。感染者は当時の世界人口の4分の1に当たる5億人に上り、死者数は1700万人とも5000万人とも推計されている。
国内(当時の内地人口5600万人)でも2,380万人が罹患し38万8900人が命を落とした。現在流行拡大中の新型コロナウイルスによる国内死者数が1万5971人(8月29日現在)だから、とてつもない災厄であったことがわかる。わが家での状況を祖父が日記に書き残しているが、第一波に襲われた3か月間に祖父は父親と乳幼児3人の計4人を一気に失っている。
それほど国民のだれにとっても身近な脅威だったのだが、その教訓はいつの間にかこの国から忘れ去られている。今でこそスペイン風邪を引き起こしたのはA型インフルエンザのウイルスであることが判明しているが、当時の医学では病原体も不明で、したがってワクチンもなく、手探り状態での戦いだった。その貴重な体験を生かさない手はない。
手探り状態で取られた対策
当時、感染症の対応を一元的にとったのが、治安組織でもある内務省内の衛生局だった。病原体が不明であったが、衛生局は直ちに医学者たちを顧問に対策に乗り出す。諸外国の状況、先進的取り組みも現地に人を派遣して探らせる。また内務省が管轄する全国の警察を通じて、各地の感染状況を正確に把握してゆく。そして各地に救護施設を開設して重症者を隔離治療にあたらせる。その後に整備された保健所網もない時代である。
しかし警察組織の動員は、日ごろから国民と接している派出所の警察官を通じて細かな情報まで吸い上げることができたともいえる。また治安組織でもあるので、デマ情報の流布を見つけ次第押さえ込むこともできた。
第二波の感染が始まった1919年1月、衛生局は一般向けに「流行性感冒予防心得」を出し、スペイン風邪への対処を大々的に呼びかけている。
まず、流感の蔓延について、〈はやりかぜは人から人に伝染する。かぜを引いた人が咳やくしゃみをすると、目に見えないほどの細かな泡沫が約1メートル周囲に吹き飛ばされ、それを吸い込んだものにうつる〉と、飛沫感染について説明し、具体的な予防法を教えている。
1、病人または病人らしい者、咳する者に近寄ってはならぬ
2、たくさんの人が集まっているところに立ち入るな
3、人の集まっている場所、電車、汽車などの内では必ず呼吸保護器(マスク)をかけ、それがなければ鼻、口をハンカチ、手ぬぐいなどで軽く覆え
そして、感染した際の対処法については、
1、かぜを引いたと思ったら、寝床に入り医師をよべ
2、病人の部屋はなるべく別にし、看護人のほかはその部屋に入れてはならぬ
3、治ったと思っても医師の許しがあるまで外に出るな
さらに学校での感染拡大が確認されれば、休校措置を取らせるなど、全て的確なのである。効果的なワクチン、治療薬がない中で、まさに蔓延防止の「いろは」の周知徹底を図っている。現在の対処法は既に100年前に網羅されている。ソーシャルディスタンスの確保、三密回避、公共空間でのマスク着用まで実践されている。
後代への教訓
それにつけても、、、。新型コロナでは、ワクチンも早期に開発され接種が進んでいる。有効な治療薬、抗体カクテル療法の有効性も確認されている。しかし政府がとる対策に一貫性と強い決意が見えないように思うのは筆者だけだろうか。
まず政府の対応部署が一元化されていないのである。厚生労働省が本来の主管部署だろうが、どうやら経済担当部署が、厚労相を飛び越えて権限を奮っているようでもある。さらにワクチンの確保、接種については別大臣が存在する。その大臣間でともすれば、違ったニュアンスの会見が行われる。さらに、感染症専門家の助言も時に無視され、最終的には、「私のいうことを聞け」とばかりに総理と官邸がしゃしゃり出る。これでは地方自治体は対応の取りようがなく、国民も行動自粛を言われても素直には聞けないだろう。
例えば、対策の初期段階から、行動自粛を言いながら、旅行業者を救えとして〈Go to トラベルキャンペーン〉を前倒しで実施して中途半端に終わる。若年層での感染拡大が始まっているのを承知で、子供たちをパラリンピックの学校観戦に連れ出す。国民は不安になると同時に不満を募らせている。今からでも遅くないから対策と政策の一元化を進めればどうか。
前回取り上げた米沢藩の上杉鷹山は、天然痘との戦いの経緯について、事後に細かく対応を書き残した。今回の内務省衛生局も、膨大な資料と分析をまとめている。
時代も違う、今とは医療環境も格段に劣る。しかし、彼らが後世に残そうとしたのは、テクニックの問題ではなく、危機に対処する心構えなのだ。
「できることを全てやり通せただろうか」「あとは後世に同じことが起こったときにわれわれを乗り越えてほしい」という強い思いが、そこには滲み出ている。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『流行性感冒「スペイン風邪大流行の記録』内務省衛生局編 平凡社東洋文庫
『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』速水融著 藤原書店
『感染症の日本史』磯田道史著 文春新書