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第147話 共同貧困を招いた毛沢東の「共同富裕」実験

中国経済の最新動向

 中国の財政・経済の政策や方針を決める重要会議、中央財経委員会第10回会議は、今年8月17日に北京で開かれた。会議の主要テーマの1つは、「小康社会」(まずまずの豊さ)を実現した中国の新たな取り組みの重点として、共同富裕を目指すことだ。この会議で、習近平国家主席は次のように大号令を出した。

 

「共同富裕は社会主義の本質的な内容であり、中国式近代化の特徴でもある。人民を中心とする発展理念を堅持し、質の高い発展の中で共同富裕を促進せよ」。

 

「共同富裕」とは、格差を縮めて社会全体が豊かになることを指す。

「共同富裕」の理念は素晴らしいが、実現できるかどうかは予断を許さない。これまで毛沢東の「共同富裕」実験は悉く失敗し、結果的に共同貧困を招いたからだ。

 

◆毛沢東による「共同富裕」実験その①~私営企業の「公私合営」化

 中国共産党は共産主義を信念とする政党であり、党の目標は圧迫や搾取及び格差を無くす共同富裕の実現だ。この共産党は共同富裕という政治理念を掲げ、広汎的に国民の支持を獲得し、結党28年で腐敗した国民党政権を倒し、1949年に革命政権の中華人民共和国を樹立したのである。

 

 革命政権樹立後、「建国の父」毛沢東は次々に「共同富裕」の実験に挑んだ。私営企業の「公私合営」化、農村部の「人民公社」化及び「文化大革命」はいずれも「共同富裕」を掲げ、私的所有権を消滅させる実験である。

 

 1954年9月、国務院が「公私合営工業企業暫定条例」を公布した。「公私合営」の「公」は政府のことを言い、「私」は私営企業の資本側を指す。「合営」は共同経営のこと。

 

国務院の条例に基づき、政府側が幹部を派遣し経営権を掌握するのは「公私合営」の一般的な形態となった。株式については、企業の資産と債務を評価したうえで公私双方のシェアを決める。56年末まで8.8万社の私営工業企業の99%が「公私合営」企業へ改造され、私営商業企業240万社の82%も「公私合営」化された(沈才彬著『中国経済読本』、亜紀書房)。

 

私営企業の経営者に対して、政府は買収・利用・改造政策を取った。買収とは、政府は「公私合営」化された私営企業の経営者(資本家)に対し、彼らの株式の持ち分に応じ、7年を期限(1956~62年、実際は66年まで延長)に一律に年利5%の固定利息を支払う。その代わりに、私営企業の経営者が所有する会社の資産は全部国家資産となる。これによって、私営企業の資本家たちは企業の経営や利益との関係が断たれ、企業への支配権を政府に奪われた。利用と改造とは、彼らの技術と経験を活かして社会主義のために奉仕させ、その能力に応じ、経営者や管理職または技術者として就労させることだ。

 

汪海波著『新中国経済史』によれば、株式定期利息をもらう81万人の私営企業主のうち、60~65%が生産業務に携わり、35~40%が管理職に就いた。代表的な人物は政府の幹部にも選ばれ、そのうち、大臣、副大臣になった者は7人、副省長や直轄市の副市長は11人、局長クラスは59人だった。

 

1966年6月、文化大革命の嵐が始まり、政府はそれまで資本家に支払ってきた固定利息制度を打ち切った。これによって、都市部経済における私的所有権を完全に消滅させた。「公私合営」化された私営企業は、すべて国営企業または集団企業に変身し、民間企業が事実上消えてしまった。

 

◆毛沢東による「共同富裕」実験その②~農村部の「人民公社」化

 都市部の「公私合営」化と同時に、農村部での「共同富裕」実験も行われた。それは農民の土地私有権を否定する農業生産共同組合化及び人民公社化である。

 

1953年12月、党中央は「農業生産共同組合の発展に関する決定」を発表した。それによって、農業生産の共同組合化が加速された。1954~55年の2年間、農業生産共同組合に加入した農家は全体の78%に達した。

 

1957年、高級農業生産共同組合という集団組織が基本的に完成された。翌年4月、河南省新郷県七里営という農村では、いくつかの高級農業生産共同組合が合併して大型の人民公社を発足させた。そして、同年8月6日、最高指導者・毛沢東が七里営人民公社を視察し、「人民公社が素晴らしい」と激励した。さらに、8月下旬に共産党政治局拡大会議が開かれ、この会議で人民公社を、社会主義を完成する上での最適な農村組織と位置付けた。翌年に農村部の人民公社化が完成された。

 

毛沢東は理想主義者である。都市部私営企業の「公私合営」化も農村部の「人民公社」化も、「共同富裕」という共産主義理念に基づく実験だった。しかし、結果的にはいずれも失敗に終わり、国民に「共同富裕」ではなく、共同貧困をもたらした。

 

OECD(経済開発協力機構)勤務20年以上、ブラジル、メキシコ、ギリシャ、パキスタン政府の経済政策顧問を務めたオランダのグローニンゲン大学教授アンガス・マディソン氏の名著『世界経済の成長史 1820~1992年』によれば、中国の実質GDP成長率は私営企業の「公私合営」化及び農村部の「人民公社」化が完成された1959年▼1.6%、1960年▼5.5%、61年▼17.6%、62年▼0.9%と4年連続でマイナス成長が続いた。58年に比べれば、1962年の実質GDPは23.9%も減少した(図1を参照)。

 

出所)アンガス・マディソン著、金森久雄監訳『世界経済の成長史1820~1992年』(東洋経済新報社、2000年)第291頁より沈才彬が算出して作成。

 

毛沢東による「共同富裕」実験の失敗によって経済成長が挫折し、全国的な飢饉も発生した。59~62年の4年間、飢餓の犠牲者が約2000万人に上った事実は、82年と90年の人口センサスによって初めて明らかになった。

 

◆毛沢東による「共同富裕」実験その③~「文化大革命」

 私営企業の「公私合営」化及び農村部の「人民公社」化は、経済分野における「共同富裕」実験とされるならば、1966年から始まった「文化大革命」は、「共同富裕」実験を政治、文化、教育、社会などすべての分野に拡大する毛沢東の試みと言える。

 

 格差是正、共同富裕という社会主義原理主義の下で、「資本主義の道を歩む実権派」と見なされる国家主席劉少奇が打倒された。金持ちも「悪」と見なされ、紅衛兵たちの攻撃対象となる。「公私合営」化された私営企業主のほとんどは、造反組に批判され、攻撃された。1966~76年の「文革」10年間、造反組の虐待で死亡した人や虐待に耐えられずに自殺した人が数えきれない。

 

 経済も混乱に陥った。IMFによれば、「文革」10年のうち、3年は名目GDP成長率がマイナスとなっていた。それぞれ1967 年▼7.2%、68年▼6.5%、76年▼2.7%だった(図2を参照)。

「文化大革命」という毛沢東の「共同富裕」実験は、国民にもたらしたのは「共同富裕」ではなく、共同貧困だった。世界銀行によれば、1976年中国の1人当たりGDPは165ドルで、日本の31分の1、アメリカの52分の1に過ぎなかった。

 

1978年、鄧小平の改革・開放時代は幕を開け、毛沢東の「共同富裕」実験が中止された。人民公社が解体され、私営企業も民間企業の形で復活を果たした。40年間にわたる経済成長の結果、2019年に中国の1人当たりGDPが1万ドルを突破し、国民にまずまずの豊かさ(小康社会)がもたらされた。

 

◆習近平による「共同富裕」への再挑戦は成功するか?

  「共同富裕」の前提条件は経済成長だ。毛沢東時代の実験に示されたように、経済成長がなければ、豊かさの実現も富の分配も不可能である。

 

経済成長のカギを握るのは中国の民間企業である。全国税収の50%超、GDPの60%超、イノベーションの70%超、雇用の80%超が民間企業の寄与によるものだ。民間企業の成長がなければ経済成長なしと言っても決して過言ではない。

 

特にイノベーション分野では、通信機器世界最大手のファーウェイ、ネット通販国内最大手のアリババ、SNS国内最大手のテンセント、ドローン世界最大手のDJI、検索大手の百度など新興企業は業界の技術革新をけん引し、いずれも民間企業である。

 

ところが、最近、アリババ、テンセント、滴滴出行、美団などIT大手や教育業界の民間企業への引き締めが強まっている。「政府は共同富裕という大義名分で民間企業や富豪に富の還元を求めるのではないか」「政府は国有企業にアメ、民間企業にムチのでは」などの憶測や疑念が広がっている。

 

リベラルな論調で知られる中国の有力エコノミスト、北京大学の経済学教授を務める張維迎氏も「共同富裕」に警鐘を鳴らした。氏は「中国経済50人論壇」が9月1日に公表した論文で、富裕層や起業家を標的にすれば、雇用や消費者、慈善活動に打撃を与え、中国は再び貧困に陥ると警告した。

 

これまで、世界的に見ても「共同富裕」を実現した社会主義国家は存在しなかった。「ベルリン壁の崩壊」以降、東欧諸国は社会主義と決別し、市場経済と民主主義の道を選んだ。現在、共産党支配の社会主義国家は中国、北朝鮮、キューバ、ベトナム、ラオス、カンボジアなど6ヶ国のみ。高中所得国の中国とキューバを除くと、ほかの4ヶ国はいずれも低所得国または中所得国にとどまっている。

 

 習近平氏による「共同富裕」への再挑戦は成功するか?それとも毛沢東の実験と同じように失敗するか?世界はいま興味深く見守っている。

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