8月15日、アフガンの反政府武装勢力タリバンは首都カブールの大統領府を占拠し、全国をほぼ制圧した。ガニ大統領は国外に逃亡し、親米政権は崩壊した。
◆「築城20年、落城1日」~米式民主化実験の失敗
2001年、アメリカのブッシュ政権は「テロとの戦い」という大義名分の下でアフガン戦争を発動し、タリバン政権を倒した。それ以来、アメリカは2兆ドル以上の戦費を投入。2300人以上の米兵が命を落とし、30万人以上のアフガン軍隊を訓練し、親米民主政権を育ててきた。
しかし、バイデン大統領は今年4月に、米同時多発テロから20年を迎える9月11日までにアフガンの駐留米軍を完全撤退させると表明した。それを受け、タリバンは攻勢を強め、破竹の勢いで全国を制圧し、親米政権も瞬く間に崩壊した。まさに「築城20年、落城1日」だ。20年前にタリバン政権を倒したアメリカは、再びアフガン政権をタリバンに渡したと批判されても仕方がない。
言うまでもなく、アフガンからの米軍撤退とカブール陥落はバイデン政権誕生後の最大の失敗であり、アメリカ信用の失墜及び覇権凋落の現れにほかならない。中国から見れば、これはアメリカによる「民主化実験」の失敗であり、民主主義の退潮が避けられない。
米中対立が激化する中のアフガン陥落は、中国にとって、アメリカに反撃し、自分の影響力を拡大する戦略的好機になるだろう。
◆「撤僑」「促和」「軍演」3策を決めた中国安全保障会議
今回のアフガン情勢をめぐる危機管理においては、中国は優れた情報収集力、判断力及び迅速な対応能力を示したと言わざるを得ない。
実は、今年6月中旬に、中国諜報機関、外交、公安、軍事部門の責任者が集まり、アフガン情勢に関する安全保障会議が開かれた。会議はアフガン情勢を的確に分析し、中国が取るべき対応策を議論したうえで、次の結論に至った。
即ち、米軍撤退に伴い、アフガンは政治権力の空白が生じ、一時的な混乱に陥ることは避けられず、同時にイスラム武装勢力タリバンが全国的に攻勢を強め、タリバン主導の政権樹立が視野に入る。
こうしたアフガン情勢の分析に基づき、会議では「撤僑」(アフガン在住中国人の撤収)、「促和」(アフガン政府とタリバンの和平交渉を促す)、「軍演」(アフガンからテロリストの侵入を防ぐための軍事演習の実施)という具体策を打ち出し、中国の影響力を拡大する「積極的関与」方針を決めた。
安全保障会議で決めた具体策と「積極的関与」方針に対し、習近平執行部から早速にゴーサインが出され、それを受け関係部門は迅速に動き出した。
◆チャーター便で中国人を撤収
まずは「撤僑」だ。中国外交部は6月21日、25日に2回にわたり、アフガン在住中国人に対し緊急注意報を出し、早めに帰国するよう呼びかけた。
7月上旬、中国政府は自国民の保護を優先し、「撤僑」のためにチャーター便派遣を決めた。7月7日、帰国を希望するアフガン在住中国人数百人をチャーター便で国内に撤収した。
余談だが、この「撤僑」チャーター便の乗客数百人のうち、25人がコロナ感染者、31人無症状感染者だった。アフガン国内のロナ感染拡大の深刻な状況が伺える。もちろん、乗客全員は武漢で隔離され、コロナ感染者は入院治療を受けている。
中国外交部の発表によれば、7月末までに帰国を希望するアフガン在住中国人の撤収はほぼ完了した。先手を打つ中国の「撤僑」、そして今でも混乱が続く欧米諸国の自国民撤収とは、対照的となっている。
◆「促和」~異例の王毅外相とタリバン幹部の会談
「撤僑」に続く中国の行動は「促和」だ。7月28日、中国の王毅国務委員兼外相は天津でタリバン幹部序列2位のバラダル師と会談した。アメリカ国務副長官シャーマンと会談した翌日の出来事だった。
王毅国務委員兼外相は天津でタリバン序列2位のバラダル師と会談。
タリバンの代表団と会見する王毅国務委員兼外相(左から7人目)。左から6人目はバラダル師。
中国の外交トップがアフガン武装勢力タリバンの幹部と会談するのは、異例中の異例とも言える。その背景に、中国は米軍のアフガン撤退を戦略的好機ととらえ、影響力を拡大しょうとする思惑が明白だ。
会談で王毅外相は「タリバンはアフガンで決定的な力を持つ軍事、政治勢力であり、アフガンの和平と和解、復興の過程で重要な役割を発揮できる」と持ち上げ、「国家と民族の利益を大切にし、平和的・包容的な政策の実行を期待する」と、国内和解の実現を促した。また、新彊ウィグル族のテロ組織「東トルキスタン・イスラム運動」を含む「国際テロ組織と一線を画し、彼らに断固かつ有力な打撃を与えるよう、タリバンに望む」と釘をさすことも忘れなかった。
これに対し、タリバン側は、①広汎かつ包容的な政治的枠組みを構築する、②いかなる勢力がアフガンを利用し中国に危害を与えることを一切許さず、③アフガン再建と復興の中国参加を歓迎し、中国投資誘致の環境づくりに努力する、と約束した。
中国の王毅国務委員兼外相との会談実現は、タリバンにとって、これまで外国政府との接触の中で、最高レベルの会談となる。中国の支持を取り付けたタリバンは、政権掌握への自信を深めたに違いない。
会談一週間後の8月6日、タリバンはアフガン最初の州都を占拠した。その後、破竹の勢いで進撃し、15日に首都カブール陥落で全国をほぼ制圧した。アメリカのバイデン政権の甘い予想を覆したタリバンの「電撃の勝利」は、中国にとっても、「望外の成果」かも知れない。
もしタリバンが約束を守り、タリバン主導の政権が樹立すれば、中国はパキスタン、ロシア、イランと一緒に最初の承認国となる可能性が高いとみられる。
アフガンはユーラシア大陸の要所にあり、習近平氏が推進する「一帯一路」構想の重要ルートでもある。アフガン国内にはレアアースなど戦略的な鉱物資源が多い。中国は先手でタリバンと友好関係を構築すれば、アフガンにおける中国の既存権益の安全確保及び戦略的鉱物資源権益の新規獲得に極めて有利となる。この中国の布石は、今後の日本の資源戦略にも大きな影響を与える可能性がある。
◆アフガンからテロリストの侵入を防ぐ中ロ合同軍事演習
一方、タリバンは嘗て国際テロ組織アルカイダと密接な関係にあったのも事実である。
現在、アフガン国内に20以上のテロ組織があり、中国の国家安全と領土完全を脅かす新彊ウイグル族独立組織「東トルキスタン・イスラム運動」もアフガンに拠点を設置している。この組織は国連に「国際テロ組織」と認定されている。タリバンの復権によって、アフガンが再び「テロの温床」となるのではないか、という国際的な懸念が根強く、中国も強く警戒している。
アフガンからのテロリストの侵入及び国内テロリストのアフガン逃亡を防ぐために、8月5~13日、中国はロシアと一緒に中国の西部にある寧夏自治区で1万人参加の大規模な合同軍事演習を行った。中国軍は新兵器の一部を演習で試すほか、アフガン情勢など安全保障上の共通の脅威に対して、中ロの結束を示す狙いがあるとみられる。
中ロ合同軍事演習を視察する中国の魏鳳和・国務委員兼国防相(右)とロシアのショイグ国防相(左)
要するに、米中対立が激化する中、米軍撤退に伴うアフガンの激変は、中国にとって、影響力を拡大する戦略的好機であり、米式民主化実験の失敗は中国がアメリカに反撃する絶好のチャンスでもある。 (了