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経済・株式・資産

第148回 中国の不動産バブル崩壊と金融リスクは要注意

中国経済の最新動向

 最近、中国経済の怪しい雲行きが相次いでいる。原材料高騰、サプライチェーンの混乱、幅広い地域での電力不足、消費低迷、生産鈍化、不動産バブル崩壊の懸念及び金融リスクの増大などという逆風が吹いている。そのうち、不動産バブル崩壊の懸念及び金融リスクの増大は特に要注意である。

 

◆朱鎔基元首相が懸念した中国の不動産バブル

 2007年6月、筆者は香港と広州で講演するため、両市を訪れた。講演後、現地調査のために深圳に立ち寄った。その際、朱鎔基元首相がこの2カ月前に深圳で1カ月ほどの休養を取っていたことを偶然知ることになった。

 

 2003年3月に首相のポストから退いて以来、朱鎔基元首相は公の場にほとんど姿を見せていなかった。筆者の記憶では、退任以降、外国の友人と面会したという記事を読んだのは一度だけで、シュレーダー・ドイツ首相(当時)との会談だった。

 

 ところが、07年4月に朱鎔基元首相は休養先の深圳で、日本経済企画庁長官を務めた大和総研特別顧問の宮崎勇氏と面談した。両氏は80年代初め頃からの付き合いがあり、いわゆる「老朋友」(古くからの友人)という間柄だ。完全に私的な面談で、会談の席には現役の役人は1人も出席しておらず、マスコミにも一切報道されなかった。

 

 両氏の私的な面談の通訳を務めたのは、筆者の友人である。この友人の話によると、面談の中で宮崎氏からは「中国の不動産や株式市場はバブルの様相を呈していると言っていいのだろうか?」という質問をした。

 

 それに対し、朱鎔基元首相は次のように答えた。「現在の状況は、バブルの様相を呈しているかどうかといったレベルではなく、いつ弾けるかという状態になっている。早急に対応策を講じる必要がある」と。

 

 朱鎔基元首相のこの発言から1年後、リーマンショックが発生し、中国の株式バブルが完全に弾けた。一方、中国政府が大型景気対策を取ったため、不動産バブルは崩壊するどころか、さらに拡大するようになった。最近、表面化している「恒大危機」は、長年にわたって拡大してきた不動産バブルの崩壊の始まりに過ぎない。

 

 

◆「恒大危機」とは何か?

 「恒大危機」とは、資金繰りが悪化し経営危機に直面している中国不動産会社大手の恒大集団は、9月以降3回も米ドル建て社債の利払いを見送ったため、デフォルト(債務不履行)に陥る可能性が高い債務危機のことを言う。

 

 「恒大危機」の引き金は、住宅価格の高騰を受けて中国政府が不動産業界への融資引き締めを強化する措置である。

 

 ここ20年、中国の住宅価格の高騰はとどまらない。嘗て筆者が居住していた北京市を例にすれば、2000年の平均価格は4,919元/㎡だったが、10年に17,782元/㎡、21年9月現在に69,686元/㎡へと、20年間で10倍以上急騰した。

 (出所) 米モルガンスタンレーのデータにより沈才彬が作成。

 中国の住宅価格の高騰は国際的に見ても異常だ。図1に示すように、住宅購入価格はサラリーマンの平均年収で計算すれば、ニューヨークは9年、ロンドン13年、東京14年、パリ20年、北京42年となっている。現在、中国の家庭資産の7割は実に住宅資産が占めている。住宅価格の高騰は、国民の家計を圧迫し、個人消費を抑える効果があり、経済成長のマイナス要素となっている。

 

 さらに、住宅価格の高騰に伴う住宅投資の急増は、国民経済に歪な構造をもたらしている。2000年に比べれば、固定資産投資に占める住宅投資のシェアは10.14%から20年の23.97%へ、全国GDPに占める住宅投資の割合も10.14%から23.97%へと急拡大した。

 

 言うまでもなく、住宅投資の急増と住宅価格の高騰を抑えなければ、早かれ遅かれ不動産バブルが崩壊し、中国経済が危険に晒される。

 

 住宅バブルの崩壊及びそれに伴う金融リスクについて、中国政府も十分に認識している。経済政策面で習近平国家主席を支える劉鶴副首相は繰り返し、金融リスクの危険性を警告している。銀行保険監督管理委員会主席の郭樹清氏も不動産バブルを「灰色のサイ」と名付ける。「灰色のサイ」とは、高い確率で問題が起きることが分かっていながらも軽視されている事象を指す。

 

 習近平政権は、長引く不動産バブルが長期的な経済成長基盤を損なう事態を懸念し、「灰色のサイ」のリスクを回避するために、不動産引き締め強化に乗り出した。中国人民銀行(中央銀行)は不動産開発会社の債務動向を監視・管理する手段として「三道紅線(3つのレッドライン)」と呼ばれる措置を導入し、借り入れ制限や債務リスク抑制策を打ち出した。

 

 「三道紅線」とは、①総負債比率(総負債÷総資産)が70%以下、②純負債資本比率(有利子負債から現預金を控除したもの÷資本)が100%以下、③現金短期負債比率(現預金÷短期負債)が100%以上、という。

 

 この3つの基準をクリアできる企業をグリーンカードとし、すべての基準をクリアできないとレッドカードとなる。レッドカードは有利子負債(銀行からの融資など)を増やすことができなくなる。

 

 恒大集団は「三道紅線」のすべてをクリアできないレッドカードに分類されるため、銀行からの融資に制限がかかり、資金繰りに問題が発生した。加えてこの規制により8月の住宅販売が前年同月比19.7%減少(金額ベース)しており、恒大集団は販売面でも政府規制の深刻な打撃を受けている。

 

 もともと、恒大集団は多額の借り入れと積極的な投資で急成長してきた。IMFの報告書によると、恒大の負債総額が約3040億ドル(約34兆円)にのぼる。2020年同社の負債率(債務÷自己資本)が1327.9%に達し、日本不動産大手の三井不動産258.6%の約5倍に相当する。恒大の負債率がいかに大きいかが伺える。

 

 日本不動産業界の関係者によれば、一般的には負債比率が900%を超えると、返済に充てる自己資本が十分でないため倒産の可能性が高まると言われる。恒大集団は国内280以上の都市で1,300以上の不動産関連事業を行い、860社以上の企業と戦略的提携を行っている巨大企業だ。倒産すれば、不動産業界のみならず、中国経済全体にも深刻な影響を及ぼしかねない。

 

 

◆「恒大危機」は金融危機に繋がるか?

 野村ホールディングスは、中国の不動産開発業界の債務残高が5兆ドル(564兆円)に達していると推計し、2016年末以降ほぼ倍増している。この水準は、実に2020年日本の名目GDPを上回る。

 

 中国の不動産業界では財務体質に不安を抱える企業が多く、債務不履行危機に陥る不動産会社は、恒大集団だけではない。

 

 実は、不動産大手の花様年集団も10月初旬、約2億ドル(約226億円)の社債を返済できなかったと発表し、事実上、経営破綻の危機に追い込まれた。

 

 中国情報筋の話によれば、デフォルト(債務不履行)リスクが高い大手不動産企業は20社を上回るという。「恒大危機」が不動産業界全体に波及すれば、金融危機に繋がる可能性が十分ある。

 

 中国人民銀行によると、「20世紀以降、世界で130回以上の金融危機が発生した。そのうちの100回以上が不動産と関係している」という。

 

 現在、恒大集団が抱える3040億ドル債務のうち、銀行(128行)やノンバンク(121社)からの融資が約3割を占め、ほかの6割がシャドーバンキングからの借り入れという。また、恒大集団は190億ドルのドル建て債も発行している。ドル債を保有する海外の資産運用会社には、ブラックロック、フィデリティ、UBS、ロイヤル・バンク・オブ・カナダ傘下のブルーベイ・アセット・マネジメント、アシュモア・グループなど大手が含まれている。

 

 仮に恒大集団が倒産した場合、国内数万世帯の分譲マンション購入予定者に被害をもたらすのみならず、海外の債権者も不利益を被る。「恒大危機」は単純な中国国内問題ではなく、世界の市場にも影響する事案となっている。

 

 国際通貨基金(IMF)は10月12日、世界の金融システムの安定度を分析した報告書を発表し、経営危機に直面している中国不動産開発大手・中国恒大集団について「デフォルト(債務不履行)への懸念が市場で高まっている」と指摘した。そのうえで、中国経済をけん引してきた不動産業界全体に危機が波及すれば「世界の資本市場に影響を及ぼす」と警告した。

 

 アメリカのブリンケン国務長官も6日、ブルームバーグテレビのインタビューに応じた際、中国恒大集団の経営危機を巡り、世界経済全体へ悪影響が波及しないよう、「責任ある行動」を中国政府に求めた。

 

 こうした「恒大危機」に対する国内外の強い懸念に対し、中国金融当局は連日、躍起になって火消しを図る。中国人民銀行の易綱総裁は17日、グループ・オブ・サーティ(G30)が開いたバーチャル形式の会合で発言し、中国恒大の問題は「若干の懸念をもたらす」とした上で、「全体として、われわれは恒大のリスクを封じ込めることが可能だ」と話した。

 

 

住宅バブルで高成長を支える時代は終わった

 しかし、たとえ中国金融当局による「恒大リスク」の封じ込めが成功したとしても、住宅バブルで高い経済成長を支える時代はもう終わった。

 

 建設業を含む広義不動産産業は中国GDPへの寄与度は25%にのぼるといわれる。例えば、2019年中国GDP成長率は5.9%だったが、そのうち1.5ポイントは不動産分野が寄与したのである。従って、「恒大危機」に象徴される住宅バブルの崩壊は、中国経済成長に影を落とすことが避けられない。

 

 実際、今年7~9月期の中国経済成長率は前年同期比で4.9%増にとどまり、4~6月期の7.9%増に比べれば大幅に減速している。その原因の1つは正に「恒大危機」に象徴される住宅市場の動揺である。今後、「恒大危機」の行方はどうなるか?金融危機に繋がるかどうか?日本企業にとって、決して対岸の火事ではなく、我々はそれを注意深く見守る必要があると思う。 

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