競争力で負けて、消え去った産業の悲しい出来事は多くありました。
今の若い世代の人々には、経験がないので理解しにくいでしょうが、
TPPでなくとも多くの日本の産業が、国際競争力に負けて消えてしまっているのです。
このことをご存知でしょうか?
(1)三井三池の炭鉱 労働争議
(2)林業と町の製材所
(3)造船業と企業城下町の衰退
私は、大学を卒業後の昭和42年~48年頃、ある企業の学卒1号生として管理部門(人事採用)の仕事をしたことがあります。
中高年の中途採用者、20歳前後の高卒者など、九州、熊本大牟田、福岡田川出身の人が多かったのを記憶しています。
その数年前に起こった三井三池炭鉱の労働闘争は、今、映像を見ても内戦さながらです。石油の価格、使い方の利便性、そして、蒸気機関車の消滅から、石炭ではなく石油になっていきました。
石油の輸入で関税をかけても、もう石炭を利用することは、政治的にも許されなかったのです。
九州だけではなく、山口の宇部も北海道の夕張炭鉱も順次なくなっていきました。
かわいそうな事ですが、事実です。
軽井沢や北海道などには唐松林が多くあり、ロマンチックで良い風景があります。「自然はいいね・・・」と女性はおっしゃる。
なぜ、唐松林があるのでしょうか?
皆、人間が利益の為 植林したものです。
戦争が続いた昭和のはじめ、あの頃は炭鉱、トンネル杭、あちこちで富国強兵の為にトンネルを掘りました。そして、木材杭が必要でした。
山の松材を伐採したのですが、足りずに、一番成長が早く、杭に使用できたのが唐松材だったのです。ですから、やたらと植林したのです。
戦後は、住宅がたりませんので唐松 → 杉になったのです。
その杉材も外材に押されて伐採しないので、今や花粉症の原因になっています。
昭和47年頃は 日本列島改造ブーム(田中角栄)で、住宅ブームがおきてきました。48年には、アメリカの建築工法、2×4(ツーバイフォー)工法が出てきました。2インチ 4インチの集成材を使った壁工法で、日本の在来工法の檜による柱工法とは全く異なるものでした。
40年~50年たった檜材ではなく、雑木に近い木を貼り合わせた安価な造り方は、在来の日本伝統工法に大いなる影響を与えました。
三重大学の林業部の教授で大阪 松原の▲▲材木の社長と私は、大論争になったのを覚えています。
結論から申せば、「日本では もう 林業は存在しなくなる。産業としてはなりたたない!」という事を申し上げたのです。
私は、アメリカの木材会社「ウェアーハウザー」の本社をその前に見学していたのです。ウェアーハウザー社は、30年サイクルで、植樹、植林から伐採、製造まで一貫して工業化しているのです。
アメリカのそれは、平地に近い状態で行っており、日本の急な山の斜面での植林育成とは大きく異なっていたのです。
効率では全く歯が立ちませんでした。
林業のある地には、材木市が立ちました。丸太を消費地に持ち帰って、消費地の製材所では、大きなチエーンソーが唸りをあげて丸太を板にしていたものです。
あちこちに製材所がありました。
今や、それもなくなりました。
多くの山林就業者、運搬業者、製材業者がいたのです。
今では すっかり見かけなくなりました。
造船所もなくなりました。
私の親の故郷は 広島県 尾道です。
JR尾道駅前はすぐ前が海で、向かいの向島に渡し船的連絡船が出ています。
そこには、向島造船や因島造船があり、小学生頃の私は、朝のラッシュ時の船の行き来が楽しくって、わくわくして見ていました。
勿論、親戚のおじさんもその中におり、胸をはって通勤していました。
わけても因島にある日立造船に勤務しているだけで、町ではそれが『誇り』で、家族中、威張っていたように思います。
外洋船を造船するのは、大変な技術のいる産業だと教わりました。
なぜって、あの海に浮かぶ鉄の箱の中には、町1つが存在していると聞かされていました。
発電、上下水道、住宅機能、消防から医療まで 町1つが組み込まれ、造るにはあらゆる職種が必要だったのです。
今日、現在 外洋船の受注状況がゼロであると、先日、新聞で知りました。
日立造船がなくなり、尾道の関連鐵工所、下請けもことごとく閉鎖されました。
その時のわびしさと、親戚の方々の失業等々 悲しい思いを私も味わいました。
それらの産業は、韓国や中国や発展途上国に行ってしまいました。
悲しくはありましたが、これって悪なのでしょうか?
「優勝劣敗」
40年間の私の信条です。
フェアに市場で勝負をしたら、優れた者が勝ち、劣っている者は負ける。
静かにリングを降りたらいいのです。
死んだわけではなく、又、勝てる市場、仕事を探せばいいのです。
国民、市民、消費者、使う人に決定権があるのです。
買ったり、買わせたり、売り手になったり、買手になったり、世界中がその関係になれば、戦争は起きないのです。自由貿易を積極的に推進すれば平和なのです。戦争は起こらないのです。
一年前 中国は国際占有率の高い「レアメタル」の価格を吊上げ、輸出を禁止しました。
「ばかなことをする」と思っていました。
高くなれば、採算がとれるようになった他の国が、それを造り販売し高くなった製品を中国は部品として、また、再輸入しなくてはならず、「天に向かってつばを吐いたようなもの」で、たちまち 自分の顔に、そのきたないつばは降りかかってきました。
今や「レアメタル」は、世界的に価格は低下しています。
ある大学の教授が、通産大臣に云いました
「弱者の方々の為に、それをどうするか! その対策をたてるのが政治家のする仕事でしょう!」と迫りました。
国際的貿易は、政治家の力で裁量する問題ではありません。
国が全ての弱者を助けようとするなら、補助金政策をやり、更に税金が必要となります。返って国力が弱くなるのは目に見えています。
すべての人を助けるには膨大な資金が必要なのです。
政治に頼らず、自ら生きる方策を考えるべきなのです。
TPPは、ぜひとも推進すべきです。
農業が全部、壊滅的になるとは決して思えません・・・・・
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