アメリカのメジャーリーグで指導するようになって、選手やコーチだけではなく、球団の様々な役割の方と接する機会を得ました(現在も新たな球団で氣の指導が進んでいます)。
あるとき、優秀なスカウト(兼エグゼクティブ)からお聞きした「(マイナーリーグの)選手の採用基準」の話が大変印象的でした。
「能力」が重要であるのは当然ですが、それが選手を採用する第一条件ではないと仰っていました。日本野球の仕組みと異なり、どの選手もマイナーリーグにおいて野球の基礎や野球人としての教育を受け、その中で結果を残す者がメジャーリーグに進みます。新人がいきなりメジャーリーグに抜擢されることはまずないそうです。
そういった仕組みがあるためか、マイナーリーグで採用される選手には、なんと野球未経験者までいます。なるほど、野球の能力が第一条件ではないのは現場を見てすぐに分かりました。
「人柄」も重要であり、いくら能力がいくら高くても、監督やコーチ、チームメイトとうまく行かない選手は、長い目で見て活躍できないそうです。しかし、それもまた採用の第一条件ではないと仰っていました。
英語には”aptitude”というコンセプトがあります。英語の専門家によれば、これを適切に表す日本語が見当たらないそうですが、敢えて言えば、「(生来の)学ぶ資質」と言えます。何か一つのことを体験・経験して、そこから学び取り、成長に活かすことが出来る力を指します。必ずしも「物覚えの良さ」を指すものではありません。
このスカウトは、私が選手を指導する場に必ず同席し、選手の変化をじっと観察していました。始めは何を見ているか分からなかったのですが、その内に一人一人の”aptitude”を見ていることが分かりました。
例えば、「臍下の一点に心を静める」ことを選手が教わったとして、並の選手だと「面白い」で終わってしまいます。”aptitude”が高い選手は、それが自分のピッチングやバッティングにどの様に活きるかを瞬時に理解し、訓練によって自分のものにします。
最初の年に指導した選手で、”aptitude”の高いと評価を受けていた選手は、次々とメジャーリーガーになって行きました。オールスターゲームに出場している選手もいます。毎年、定期的に選手に触れる機会があったことで、私自身も、人材育成における”aptitude”の重要性を認識しました。
私は大学の非常勤講師として18年に渡って教育に携わっています。一般教養の授業で心身統一合氣道を指導しています。”aptitude”は生来の資質を指すようですが、それを磨いていくことも私は重要と考えています。そこで、授業では技の習得だけではなく、”aptitude”を磨くことを目的においています。
知的には優秀なので知識や情報を得ることには優れているのですが、身につけることを不得手とする学生が少なくありません。確かに身体能力・運動能力に因るところもありますが、最も大きいのは「学び方」を教わっていないことにあります。
考えてみれば、日本の教育において「学び方を学ぶ」機会はほとんどなく、多くは自己流で学んで来ているわけです。ひとたび「学び方」を身につけると、より早く、より深く身につくようになります。
授業を履修する学生は、社会人となってから武道の技を用いる機会はほとんどないですが、稽古を通じて”aptitude”を磨いておくことで、どの分野に進んだとしても物事を身につける土台が得られるのです。
猫舌と言われる人は、熱に対して舌が弱いのではなく、食べ方が上手ではないためと言われています。なかなか身につかない、要領が悪いという人も、実は理解力がないのではなく、学び方が上手ではないのかもしれません。
社長やリーダーにおいては、理解力がない人材だと諦めてしまう前に、学び方を教え訓練することが重要ではないでしょうか。
次回も「学び方を学ぶ」について掘り下げたいと思います。