この14年間、年の約半分がビジネスシーンでの装いはカジュアル化され、特にネクタイを締めない装いをする率が高くなっています。「立場上/仕事柄、ネクタイはきちんとします」という方がいたとしましょう。例えそういう方であったとしても、それをする必要のない時や、カジュアルダウンした方がその場に相応しいと判断した時には、ビジネスカジュアルの装いをするはず。そしてその機会も以前よりも増えているでしょう。なぜなら世の中の基準と周囲の環境が、軽装化に向かっているのだから不思議なことではありません。そして、カジュアルダウンした時、最初に取り除くのがネクタイ。この14年でビジネスパーソンのネクタイ着用頻度が約半分に減っているとするなら、購入頻度も当然比例して減るのは明らかです。
ビジネスパーソンなら誰でも当たり前に必要なものであるネクタイ。消耗品の一つであり、最高級の品だったとしても手の出せる価格だからこそ、バリエーションを保つためにも自分で購入するし、服のようにサイズを考える必要がないからこそ(本当はあるけれど)ギフトとしても用いられていたネクタイ。しかし、世界的な服装カジュアル化、日本のビジネスカジュアルなどで日常的な使用頻度が低くなり、使用するのは重要な時となってきた現在、ネクタイ業界も従来のままでは立ちいかなくなってしまう可能性があると思うと、何とも切ないものです。
いつの時代でも、ネクタイを着用するからこそ成立する存在感というものがあり、それを求められる立場や場面というものがあります。しかし時代は様々な場面で多様化しており、正しい答えはひとつとは限らなくなっています。「これをつけておけば、とりあえずOK」というものはなくなってしまったのだろう。もしかしたらネクタイも、そのひとつなのではないでしょうか。
究極の選択で、ジャケットにシャツ、カジュアルなパンツの人よりも、ヨレっとしているけれど一応スーツ(上下揃い)、レギュラーカラーで古臭い感じがするが白のドレスシャツ、剣先に髭が生えているかのように糸がボソボソ出て、結び癖でしわしわになっているネクタイだけど、それらを着用している人の方が良いとされる時代は完全に終わったということは言えます。自分にとって必要なもの、自分にとって価値のあるもの、そして自分にとって最も相応しいものを、自分の立場や状況・目的を踏まえた上で、自分の頭で考え・判断し・選ぶ、その能力が試されています。
その中に、「ネクタイをする・しない」の選択肢があり、どういう人たちがこれからもネクタイをする層で、その属性の人たちはどういう時に着用し、どうして必要とするのか?どのような目的でネクタイを選び、それをすることでどういう結果を求める人々なのか?従来の考えを一旦横に置き、現在そしてこれからネクタイを必要とする人々の生態とニーズを再考し、新しい基準で考え直したネクタイ展開をする必要があるでしょう。
自分たちの希望を叶えてくれるネクタイであれば、数は少なくとも、それなりの金額であろうと、成果の上がるものを人々は購入します。成果とモチベーションは常にセット、それが体感できればビジネスパフォーマンスが上がるゾーンに自らを導く重要なアイテムの一つとして、そのネクタイは無くてはならないものになるのです。だからこそ、とりあえず締めておけばいいネクタイはもう不要で、「これでなくてはならない」意味のあるネクタイが必要になるのです。
ちなみに私は仕事の一部として、クライアントであるトップ・エグゼクティブ向けの服及び装飾品のアドバイス、日本国内では出回らないアイテムをNY側で探して発送する依頼も承ることがあります。そのため、彼らのビジネス文脈での目的を果たす戦略的ツールとして最も力を発揮するアイテム選びには高い評価をいただいています。中でもネクタイは、日本では目的を果たすものが残念ながら見当たらないため、毎回NYで調達。ちょうど先日も某社トップの記者会見用に適切なネクタイを探して日本にお送りしましたが、会見内容・背景となる会場の様子全てとマッチしており、その効果のほどを驚かれたほどです。それくらい、ネクタイは大事なツールなのです。
スーツやシャツは1日の間に着替えることはほとんどありませんが、ネクタイは会う対象者や出席する場、話す内容によりどんどんつけ替えて、伝達したいメッセージとリンクさせ、物事を円滑に運ぶためのコミュニケーション・ツールとして戦略的かつ知的に使うことが大事。それが証拠に、欧米のトップ・エグゼクティブたちは、1日に何度ネクタイを取り替えるかしれないほどで、それほどフルに活用しています。
1日のうちに様々なシーンがあります。そう考えればその数だけネクタイをつけ替えるのは当然のこと。その日の自分を鼓舞できるもの、相手側を立ててそのコーポレートカラー、自分が身を置く場(会場)の様子、伝達するメッセージと最も親和性の高い色柄など。これを考えてマネジメントするのも仕事の一部。そして、このように世の中の人が考え、ネクタイを使用していれば、ネクタイは無くなるはずがないのです。
日本のネクタイ業界に今度望まれることの一つは、「ネクタイをしていればとりあえず大丈夫」という、疑問にも思わず意味も考えずにそれに従って着用していた時代の終わりを自覚し、ネクタイを着用すると自らにどのような効果をもたらせてくれるかという具体的なメリットや、着用する理由、ビジネスシーンでの使い方とおしゃれとの違い、戦略的かつ具体的な選び方、これらを提示し消費者にしっかり認識させ、意味を持って選ばせる流れと動きを作っていくことだと思われます。